2010年12月24日金曜日

チロリアン・ランプ


                      ( 写真は maechan  より 提供 )

                      
今夜は クリスマス!


   小人の国では  [ 初めてのサンタクロース訪問 ] の 朗報に

   沸き立っています。

   でも、 サンタさんが、 遠い空から  子供たちの 家を 見付けることが

   できるのかどうか、  心配で たまりません。

   そこで 目印に、  赤い、 小さな、 ランプを  沢山 釣り下げた

   ” チロリアン・ランプ ” を  玄関に  飾ることにしました。

   

   深緑の 細長い ハートの 葉が、  「 ここよ、ここよ 」 と、

   その葉を 揺らします。

   赤の ランプが、 煌めきはじめました。 ぽっ~と 明るい 橙色。

   「 ここですよ~ 」

   下の 黄色の ランプは、  「 ここだよ、ここだよ 」 と。

   点滅信号で  合図を 送ります。

   それでも 足りないと、 ひげもじゃの  茶の ろうそくが、 ニョッキリ

   顔を 出し、 柔らかな 光を 放ちます。  「 ここじゃよ~う 」

   ピンクの 赤ちゃん ランプも、 心配そうに 空を 見上げています。


   サンタさんが 空の上から、 小人の国を  眺めました。

   三段の 光が、 見事に 調和し、 美しく 輝いているのを 見て、

   「 なんとまあ、 可愛い、 素敵な イルミネーション だろう! 」 と、

   にっこり。  「 早く 小人の国の 良い子たちに、 プレゼント 

   届けなくては! 」  と、 ジングルベルの  鈴の音  高く、 

   ” チロリアン・ランプ ”  目がけて  駆けて 行きました。


雪が 降ってきましたよ。   ” メリー・ クリスマス ”

2010年12月20日月曜日

風船唐綿(ふうせんとうわた)


  江戸末期、  ある 種苗店の 主人が、 ” 風船唐綿 ” の 独占、 

  予約 販売を  行った。

  外国より 渡来した綿 [ 唐綿 ] プラス 色鮮やかな [ 風船 ] の 

  イメージを 持つであろうことを 予想しての 名前である。

  その 口上は 「 蘭の ごとき、 美しい 白い花を 咲かせ、 やがて

  可愛い 緑の実を つける。  実が 大きくなると  弾むので、 まり、

  いや、 紙風船のように  ついて、 遊ぶことが 出来る。

  実が 熟すと  綿が でき、  枕の 中身と なる。 」

  そして 「 花言葉は ” 楽しい暮らし” だよ。」 と、 駄目押し。

  夢と実用が 相まって、 たちまち 大評判。  売れるわ、売れるわで、

  嬉しい悲鳴。   内心は いつ 夜逃げをと、 ビクビクもの。

  苗が入荷すると、 皆は 競って、 せっせと 水をやり、大事に 育てる。

  白い 星のような 花は、 花びらを 反り返し、いかにも 思わせぶりな

  風情。  やがて 1センチ大の 黄緑の 丸い珠が でき、  徐々に 

  風船のように 膨らんで、 やがて  テニスボール大の 実となる。

  あらまあ、 不思議 ・ ・ ・ 。玉の表面に、 びっしり  とげが生えた

  奇妙な 形の 袋 ではないか。  触ってみると、 とげは 痛くないし、

  どてっと しているし、 手の上で つくと、 ポンポンと 音を出し、弾む。

  ユニークと 言えば、 聞こえがいいが、  何やら  可笑しくて、

  面白くて、  笑えてくる。

  秋が 深まると、 実は  枯れて  焦げ茶色になり、 ある日 突然、

  カパッと 割れて、 中から  白い 綿毛の ついた  種子が、  

  飛び出して 来る。

  みるみる 弾けて < いっぱいの夢 > 抱いて、 空へと 飛んでいく。

  今や どこでも かしこでも、 そう、 銭湯でも  ”風船唐綿” の 話で

  持ちきりで、 「 ワッハッハ、ワッハッハ、 してやられたわい 」  と、

  笑いが 絶えないそうだ。


   ( 写真は   「 長さんの リタイア生活 」  2009.6.23  より  )

     花の 構造についての 解説サイトへの リンクも ありますので

     ぜひ、 ご覧くださいませ。

↑ は 白い綿毛のついた種子が、 飛び出す シーンです。2009.08.11
  

2010年12月15日水曜日

屁糞蔓(へくそかずら)


                     ( 写真は くじゅうに咲く花 より )

   その昔  私が、 艶やかな 紅紫の 衣の上に、 清らかなる 

   灰白色の 衣を 重ね、  裾を 翻して  興じているさまは、 

   誰をも  魅了する  愛らしさで  ございました。

   その 可憐なさまを  称して ” 早乙女花(さおとめばな) ” とも

   ” 早乙女かずら ” とも  呼ばれて おりました。

   本名は  ” へくそかずら ”  で ございます。

   なんとまあ、 情けない、 悲しい  名前では ございますまいか。

   [ 楚久妃 (そくへ) ]  つまり  永久に 楚々たる 美しき 姫、

   との 意で  名付けられましたが、 生まれた折より  病弱で

   ございましたので、 占いにより、 縁起を 担いで  逆さまに

   [ 妃久楚 (へくそ) ] と  なったので ございます。

   親は  私が 無事に 育つことを 願い、 一日中  白檀、伽羅

   などの 香木を 焚き、 加持、祈祷に  励んだので ございます。

   いつしか この 馥郁たる香りが、私の身に すっかり 染み込んで

   参りました。 その当時  誰も、 芳香強き 香りが 混じり合えば

   堪えられぬ 悪臭になる などとは、 知らぬことで ございました。

   年頃になると 噂を聞きつけて、 私の 愛らしい姿を 一目 見よう

   と  こっそり 忍び込んでくる 殿方が、 後を 絶ちませぬ。

   ただ、 一度 逢うたが 最後、  鼻をつまんで 立ち去り・ ・ ・ の

   繰り返しで、  どれほど 辛い、 寂しい 想いを したものやら・・。

   だが、 何が 幸いするか わかりませぬ。

   次々と 子宝に 恵まれ、 今は、 孫、 ひ孫、 やしゃご と 

   大家族で、  幸せに  暮らしておりまする。 

   ただ、 この年になっても  独り立ちは 出来ず、 いつも 誰かに 

   頼って  甘えてばかり。  皆から  笑われて おりまする。

   ほんに 長生きは  するもので ございますなあ。 



   : 晩秋になり、そこかしこに ”ヘクソカズラ” の 黄金色の実が

     わが世の春を 謳歌している様子を 物語に してみました。

2010年12月10日金曜日

蒲公英(たんぽぽ)


  どこにでも 咲いている、 黄色の 可愛い  ” 蒲公英 ”

  見かけと違って 驚くべき タフな 精神の、 持ち主である。

  開花が 終わった タンポポは、 いったん、花茎を 横に寝かせ、

  種子が 熟すのを待つ。 その間に 種子を ドンドン 太らせる。

  種子が できると、 それまで ぐったり していた 花茎は、

  ヨイショと ばかり 起き上がり、 グングン 伸びていく。

  花が咲いていた時より 高くだ。 これで 風をうけやすい 体勢となる

  そして あっという間に、 つぼみ状から  冠毛状態へと 変身。

  フワフワ 綿帽子の お出ましだ。

  一個の 綿帽子には 100~300個の 種子が ついている。

  種子の上には、 細くて、面白い ホウキ形? いや、 ミサイル形の

  綿毛が ついている。

  綿毛は タンポポを 遠くへ飛ばす、 パラシュート の 役目なのだ。

  

  蒲公英宇宙航空研究所では 日夜、 天候、 風向き、 風力、 風速

  などの、 厳しい 情報収集が  行われている。

  たとえば、 晴れなら よいが、 雨だと 綿毛が 湿って 重くなり、

  飛行が ままならないため  しぼんで、 次回に 備える。

  子孫繁栄の ための  この 旅立ちは 「 風  」 まかせなのだ。

  諸条件が 整うと  いよいよ 出発。

  「5」、「4」、「3」、「2」、「1」、「0」  ミサイル 発射!

 

  旅立ちを祝し、祈りとともに 捧げよう。 ” 銀河 鉄道 999 ” を。

          さあ行くんだ   その顔を上げて

          新しい風に   心を洗おう

          古い夢は   置いて行くがいい

          ふたたび始まる   ドラマのために

          あの人はもう   思い出だけど

          君を遠くで   見つめてる


  う~んと  遠くまで   飛んで行って  おくれ


     ( 写真は ひとえさん 「 おもひぐさ 」 2010.12.04  より )

       素敵な 記事です。 どうぞ 遊びに いってらっしゃいませ。

            http://setunairo.at.webry.info/

   

2010年12月6日月曜日

仏の座(ほとけのざ)


  春に 咲く 野花 なのに ” 仏の座 ” を  あちこちで 見かける。

  茎を 取り囲む 葉が、 仏様が 座る「 蓮華座 」 に 似ているから 

  ” 仏 の 座 “。  シソ科。  別名は ” 三 階 草 (サンガイソウ) ”

  葉が 段々に つく 姿に  由来するとか。

  春の 七草の ホトケノザは、 キク科の  「 コオニタビラコ 」


  仏の座は、 葉が 丸く 茎を抱き、 その付け根に 柄のない

  唇形の 花を  輪状に 咲かせる。

  突き出したように咲く 紅紫色の 花は、 なんともいえぬ 愛嬌がある。

  茎は 触ってみると、 コリコリする。  よくよく見ると、 丸ではなく、

  四角なのに 驚く。  丸い形より  折れにくいんだよ。

  花を 横から 見ると、 まるで  カンガルーの お母さん。

  大きな 袋から  子供が二匹、 顔を 出している。

  あっち キョロキョロ、 こっち キョロキョロ。  可愛いなあ。

  それにしても  この 丸丸 葉っぱの お座布団の  座り心地の

  よさそうな こと。  フンワリ、 ドッカリ  弾んでいる。

  お昼寝に もってこいの  ハンモックだ。

  仏の座の 花は、 つぼみのまま 開くことのない 花がある。(閉鎖花)

  あまりの 気持ちのよさに、 きっと  目が  開けられないんだね。

  種は アリが 好むので、 アリに 運んでもらう、  ちゃっかり屋。


  小さな  小さな  ” 仏 の 座 ”  さん

  おまえは  なんと  賢い 花   なんだろう。


   ( 写真は 「 kako狸の Photo Gallery 」 2010.12.05 より )

         http://kakotanuki.at.webry.info/

2010年12月1日水曜日

お詫びと お願い

   今朝  友人より、「 何度も コメント 投稿するが、 一応 画面に出て 安心
   していると、 消えている 」 との 電話を 受けました。
   「 きっと あなたのやり方が 悪いのよ 」 などと、 偉そうに 話しましたが、
   外出後  コメント欄 見ると、 朝、 目にした コメントが 消えていました。
   驚いて チェックしたところ、” Bloggerが 勝手に コメントを チェック、削除
   する システム” に  変更して おりました。 
   スパムトレイを 見ますと 、皆さまから 何度もの 繰り返しの コメント投稿が 
   あり、 申し訳なさに、 お詫びの 言葉も ございません
   本当に ご迷惑を おかけしました。  皆様が  続けて コメントしてくださった 
   その お気持ちが 嬉しく、  有難く、 心より 感謝 申しあげます。
   今後は 一度 ご投稿なさったあと、 画面に 出なくとも そのままにしていて
   いただけませんか。 対処方法は 解りましたので、 何度か チェック致します。
   Bloggerに 文句を 言いたいのですが、 パソコン音痴には どうしてよいか
   わかりませんので 、 このままで 進むしか  方法が ありません。
   どうぞ、 これに 懲りず、  よろしく お願い申し上げます。
   まずは お詫びと お願いまで。
  

2010年11月30日火曜日

銀杏(いちょう)その2

   11月24日、  絶好の 行楽日和。
   中学校時代の恩師 お二方と 友人の四人連れで、 ” 国東紅葉めぐり ”。
   宇佐駅より 観光タクシーで 「 西 叡 山 高 山 寺 ~ 真 木 大 堂 ~
   富 貴 寺 ~ 両 子 寺 」 の  コースだ。
   青い空に  コナラ、 クヌギの  茶、 イチョウ、 ケヤキの  黄
   カエデ、イロハモミジの  赤、 と 常緑樹の  緑が、 美しいハーモニーを
   奏でている。  あまりの 素晴らしさに  ハイテンション。
   すっかり  童心に返って  はしゃいだ、  楽しい一日。

   「 西 叡 山 高 山 寺 ( たかやまでら) 」
   その昔、 六郷満山の 寺院統括(天台宗)していて、 七堂伽藍 四十五坊で、
   栄華を極めた? とされる。 
   今は  西叡山八合目に 富貴寺の 宝形造りを 模した 屋根の  
   新高山寺が、  建立されている。
   広い境内は  ” 気 ” の 満ちる  聖なる場  と される。
   正面に 両子寺など 一千年の歴史を 残す 六郷満山の、 錦織りなす
   美しい 山々が 一望でき、 左手には  周防灘が  広がっている。
   ここに立つ ご縁に 恵まれたことを  感謝し、  辞す。
   
   昼食は 富貴寺 傍の 「 蕗の董 」。 精進懐石 プラス 新ソバだ。
   素材に こだわり、 見た目、 お味、 雰囲気、 三拍子揃って、 大満足。

   紅葉巡りの 圧巻は、  国 宝 富 貴 寺 境内の  二本の  大銀杏。
   阿 弥 陀 堂を  お守りすべく、  黄金の 甲冑を   身にまとい、
   天空高く  そびえたつ。
   なんの 惜しげもなく   燦然たる さまを  さらしている、 その姿に
   ” 大 銀 杏  そのものが、 慈愛に 満ちた 阿弥陀様 ・ ・ ・
   ではなかろうか ”  との  想いが、  ふと  よぎる。

   素敵な 時間を 共有出来た 幸せを 胸に、 家路に つく。

   補足:  国宝 大堂は、 西国唯一の 阿弥陀堂であり、 九州最古の
         和様建築物です。  また、 大堂のある  蓮華山 富貴寺は
         西叡山 高山寺  末寺の 一つです。

   ( 偶然にも 24日、 いつもお世話に なっている ゆふいん玉露米の
     yossann が、 富貴寺の 撮影に 訪れていました。
     素晴らしい 黄葉 、紅葉を  お楽しみ ください 。 2010.11.24  ) 
        http://e-yossann.blog.so-net.ne.jp/
   
    * 富貴寺の 紅葉の 画像 が  2010.12.01  にも 掲載されています。
      ぜひ ご覧くださいませ。
     

銀杏(いちょう) その1


   銀杏の葉は  神秘的な 扇形。

   秋になると   黄緑の葉は  ゆっくりと  黄色へ、

   そして  山吹色へと   染めていく。

   全身が 染め上がった時は、  眩しいばかりの  黄金色。

   朝日に、夕陽に、 照り輝く  銀杏の樹々は、 神々しいほどの 美しさだ。

   十分に その美を 誇ったのちは、 ハラハラと 舞いながら、  散りゆく。 

   これまた  風情ある 光景である。

   葉の 散ってしまった 樹々は、  自らの 落ち葉の フカフカ布団に

   くるまれて、  眠りに つく ・ ・ ・。


   名の由来は 仏教伝来後、 中国から、つまり異国より来た、「異朝の木」

   からとか、 貝原益軒の 「大和本草」にある 「一葉」からとか、 諸説あり。

   銀杏は、 短歌、俳句の 世界でも 人気が高く、 銀杏の花 ・ 銀杏黄葉

   銀杏散る ・ 銀杏の実 ・ 銀杏落葉 ・ と、 季語も多い。 

   銀杏散るを 季語の、 素敵な 二首を  紹介しよう。 


       相見しは  大き銀杏の  秋の岡

                金色(こんじき)ながす  ひかりの夕

                         与謝野 寛   ・   毒草


       金色の  ちひさき鳥の  かたちして

                銀杏ちるなり  岡の夕日に 

                         与謝野晶子   ・  恋ごろも


         ( 写真は   ゆふいん玉露米  2010.1121  より )

2010年11月25日木曜日

石蕗(つわぶき)


   俳諧では ”ツワ ” とともに、冬の季語である ” 石 蕗” が 咲き出した。

   光沢のある 濃い緑色の 厚みのある葉、 その 葉合いから 花茎を

   グンと伸ばし、 黄色の花を 何輪も 咲かせる。

   花の盛りには 山吹色となり、 野趣に富みながらも、豪華な 花姿となる。


   私のお気に入りの 石蕗の里は、 山陰の小京都といわれる  津和野。

   この町は 「つわぶきの 生い茂る 野」 を、 その名の ルーツにもつ。

   江戸時代よりの 城下町の町並みが 残っており 、武家屋敷、 白壁の

   土塀、 錦鯉の 泳ぐ小川 ・ ・ ・   静謐な 佇まいが 心地よい。

   津和野では  ” 石 蕗 ”の  清楚な 美しさが  際立って見える。


   もう一か所は  晩秋の 気配  漂う、  京都。

   北政所ゆかりの 高台寺 参道 入り口前の、  圓徳院。

   日没後の ライトアップに 照らされる 紅葉も  見事だが、
   ひっそりした 前庭の  苔むした 石畳の 両側に  咲く
 
   黄色の  ”石 蕗”  の 花に、 目を 奪われる。
 

   ここだけが ポッと 浮き上がって見え、 なんとも 艶めかしい 風情が

   立ちこめる。  高雅とも いうべき  気品が  溢れる。

   この時期、 東山を 訪れる  楽しみの  ひとつだ。

2010年11月19日金曜日

吾亦紅(われもこう)


   ” 吾も  また  紅(あか)  なりと  ひそやかに ”

                              高浜 虚子


   ” われもこう ”  なんて  詩的で  素敵な   ネーミングだろうか。

   野を渡る風に  ゆらゆら  揺れる  吾亦紅が  目に浮かぶ。

   ワインレッドの  花に  トンボが  止まっている。

   風が吹く度に  飛び立っては また 舞い戻る  この光景 ・ ・ ・

   花野の中で  一番  秋の 風情を 感じさせる  花だ。


   この魅力的な フレーズ ” われも また あかなりと ” に 出会ったのは

   忘れもしない 25年前、 深い 深い 闇の中で、 もがき 苦しんでいた時。

   ” われも また ・ ・ ・  ” と  何度  唱えたことだろう。

   ある時、 その闇から スポッと  抜け出せた、  いや、 飛び出せた。

   そして  いつも通り、   前を向いて  走り出せたのだ。


   あれから 25年、  還暦を すでに過ぎ、  体形は 重力の 法則で

   下~へ  下~へ  と  下がっていく。  目も  歯も  耳も   悪い。 

   髪は バラバラ、 まつ毛は パラパラ。  シワは  言わずもがな。

   ああ、 容貌は  日増しに  いや、  時増しに  衰える。

   「 整形するなら、シワは 寄るだけ 寄せてからが、 いいらしいわよ 」 と

   無責任に 宣う 友に 耳も貸さず、  背筋を 伸ばし (背が 縮んだ)

   あごを 上げ (下げると たるみが 目立つ)、 無駄に 思える  努力を

   重ねる 日々である。


   でも一生 ” 吾も また 紅 ” を 心の奥底に 秘めて 生きていきたい

     

   

   

2010年11月14日日曜日

白式部(しろしきぶ)


   小式部、 紫式部の 「 紫 の 玉 」 が たいそうな 持て囃されぶりとか。

   さて  さて、  私の 評判は  いかがなものかしら。

   私の 名は  ” 白 式 部 ”   「 白 の 玉 」 で  ございます。

   ええっ、  聞いたことがない と  申されますか。

   大きな 白玉は、  万葉集では 鮑玉、 海神が 手に持つ玉 と されて

   おり、 つまりは  真珠 (しらたま)は 宝として 愛しまれて おりました。

   小式部、 紫式部のように 文学の才は ないものの、 清楚な 美しさで

   当代随一。  白い玉が 光を放つ様は  神秘的な 魅力に 溢れている

   と、 賞讃されて  おりましたのに・ ・ ・ 。  

   まあ、 致し方 ございますまい。 時が あまりに 過ぎてしまいましたゆえ。

   それに 私の 気持ちは 

   万葉集 巻六   元興寺の僧(ほうし) の 歌、 そのものでございます。


       白玉は   人に 知らえず   知らずともよし

           知らずとも   我し 知れらば   知らずともよし


      ( 真珠は 人に 知られない。  知られなくてもいい。

           知られなくとも  自分さえ  価値を知っていれば

                          世の人は  知らなくてもいい )


   この 高い、 青い、 空に  照り映える  「 白 の 玉 」 の 美しいこと

   我ながら  ほれぼれと   酔いしれる 心地が  いたしまする。

2010年11月10日水曜日

紫式部(むらさきしきぶ)


    なんと なんと、 小式部が 私の悪口を 言っておると 申すか、

    さもあろう、  母親の  和泉式部の ことを 

    「 実にうまく 自然に 歌が 口に 出てくると 思われる 歌人

      ですよ。 気恥ずかしくなる 立派な 歌人とは 思えませぬ 」

                        (紫式部 日記  より 抜粋)

    と、 ついつい  筆が 滑ってしもうてのう。

    ライバルへの 嫉妬と 思われるのは 心外じゃが、 仕方ない。

    たった 六首しか 歌を 残していない 小式部など  私の子の

    はずが ないのに、 人の口には  戸は 立てられぬと みゆる。

    私は 言葉を 自由自在に 操り、 紡いで、 物語を作っておった。

    あの 道長様さえ  私の才に  魅かれ、  秘かに お通いに

    なられた・ ・ ・ ・   あら あら  また、口が、 滑ってしもうた。

    ” 母の 美貌を 受け継いで ・ ・ ・ とは  自分の 美しさを

    鼻に かけ、  小賢しい 言葉よのう。

    今の世なら  私は  [ 知性を秘めた、 凛とした 美しさ ] と

    形容 されたであろうに、 

    平安の御代は  [ あでやかで、 華やかが よし ] と されて

    おったのじゃ。  

    それだけが  返す返すも  残念で  ならぬ。


    あのう、   おたずね  申しますが、

    「 紫式部は それほど 小紫に 見劣りするので ございましょうか」

    あっ、 いや いや   私には  どうでも よいことで ございますが。

2010年11月5日金曜日

小紫(こむらさき)




   私が あまりに美しいゆえの ねたみからか、先ごろより 素性を


   とやかく申す輩が おりまして、 なにやら ” 紫式部 ” の 隠し子と


   まで  うわさされて おりまする。




   私の名は  ” 小 紫 ”


   平安の御代、 宮中には  才気煥発な 「 枕草子 」 の  清少納言、


   流麗な物語で、  皆を とりこにした  「 源氏物語 」 の  紫式部、


   そして  女流歌人として  抜きん出た  「 和泉式部日記 」 の 


   和泉式部 と、  綺羅  星のごとく   輝いて おりました。


   私の母は  恋多き 和泉式部でございます。 私の本名は ” 小式部内侍 ” 


   母と区別するため、 ” 小 紫 ” と 称していたので ございます。


   私は 母より 美貌とともに 歌の才能をも 受け継いだのでございます。


   少女時代は  淡紅の花で  優しげな  地味な子で  ございました。


   長ずるに したがって、 緑の玉となり、 薄ぶどう色~ 紫~ 本紫~ と


   まるで  [ 宝石箱 ]  と 賞される、  輝く、  美しき  [ 珠 ]  と


   なったので  ございます。


   残念なことに  27歳の若さで  この世を  おいとま したために 


   皆が  あわれに 思い、  せめてもの  よすがに、 この [ 珠 ] に


   ” 小 紫 ”  と  名付けたので ございましょう。




   百人一首に  納められた  私の 和歌を  詠んでいただき、


   いにしへの  姿を  偲んで  くださりませ。


          大江山  いく野の道の  遠ければ


                   まだ ふみも見ず  天の橋立




      *  続編 ” 紫 式部 ”  ご期待 下さいませ。


2010年10月31日日曜日

秋の野芥子(あきののげし)


                    (  写真は くじゅう連山に 咲く花 より  )

    秋の野や 道端で   すくっと ひときわ高く、  大型で、  目立つ花。

    春に咲く ノゲシに 似ていて   秋に咲くので  ”  秋の野芥子  ” 

    ハルノノゲシは  葉が  茎を抱き、  花の色は  濃い黄色である。

    アキノノゲシは  葉は 茎を抱くことはなく、  花の色は  淡黄色。

    大陸からの 帰化植物らしい。  どうも 邪魔者扱いの 花だ。


    花は 昼間咲き、 夕方には 萎むが、 曇りや雨に日には 開かない

    偏 向 者。

    茎は 太いが、 柔らかく、  風などで倒れても   なかなか折れない

    強 情 者。

    茎は 直立し、  上部で  枝分かれ する。

    そして 茎の先に  円錐状に  頭花を  多数 つける。

    淡黄色の 花びらに  黄色の しべが、 優しい色合いで  美しい。

    ちょっと 寂しげで    儚げに見える   花。

    花ことばも そのまま 「 控えめな人 」 と  なぜか 「 幸せな 旅 」。


    でも 私には ” 子宝に 恵まれた 幸せな女性 ” に みえる。 

    赤ん坊を 背におぶい、 一人の幼な子の 手をひき、 お兄ちゃんは 

    その前になり 、後になりながら、 歩いている ・ ・ ・ イメージだ。

    もう とうの昔に 忘れられた  情景、  おかあさんの ねんねこ姿。

    あの 幸せな  ひとときを   想う。

     

2010年10月27日水曜日

犬酸漿(いぬほおずき)


                   ( 写真は くじゅう連山に咲く花 より )


    金木犀の木の下に うずくまるように  雑草が 生えていた。

    気がつくと 、白い 小さな 花が 咲いている。

    あまりに 可愛いので  調べてみると  ” イヌホオズキ ”

    茄子科  ナス属。   別名  バカナス。  ヤマホオズキ。

    ホオズキや ナスに 似ているが、 役に立たないとの 名前だ。


    茎の途中から 枝を出し、  白い花を 4~5個 つけている。

    一つの花の先が 五つに裂け 、黄色い葯を持つ おしべが

    真ん中に  ピョコンと   飛び出ている。

    花びらは  ヒヨドリジョウゴのように  反りかえって  咲く。

    花は 1センチ弱と  非常に 小さいが、  威勢がよい。

    今にも 飛び立とうと  羽を反らせている、  小鳥のようだ。

    ” マメヒヨドリ ” なんて  勝手に命名したくなる   愛らしさ。

    うつむき加減に咲いているし、 何しろ 小さいので  目立たず、

    虫も  人も  のぞきこんで  くれないらしい。 


    金木犀の 芳しい香りが 漂う 玄関先で、  かがみこんで

    「 おはよう、元気? 」 と ”イヌホオズキ ”に 声をかけ 愛でる

    これが  私の  日課。

    今朝 よく見ると、  かわいい 緑の 玉を ぶら下げていたよ。


    

2010年10月22日金曜日

貴船菊 (きふねぎく)


   ある年の10月23日、 勇壮な炎が 夜空を焦がす 「 鞍馬の火祭 」 の

   翌日 早朝、  叡山電車で  鞍馬へ 向かう。

   色づき始めた 紅葉の 樹々の間を、 電車が ゆっくり 走り抜けていく。

   鞍馬の町は 祭りの熱気を まだとどめ 、煙のにおいが 立ちこめる。

   消火用の ホースから  水が ほとばしって  道路を 洗い流す。

   家々は みな 開き放たれ、 軽いざわめきが あちこちに ある。

   提灯を持ち、 裃姿の 世話役らしき方が、  挨拶に 廻られている。

   華やぎの余韻が  たっぷりで、  こちらまで 嬉しい気分。

   狭い ゆるやかな 坂道を  ぶらぶら 歩いていく。

   お目当ては 山奥の  鞍馬温泉、 露天風呂。

   北山の 山並に 囲まれて  静かで  のんびり 、いい湯だ。

   それから 由岐神社に戻り、 鞍馬の山を越えて 貴船まで 歩く。

   ロープウェイを 横目に、  朱塗りの 本殿金堂に  参拝し、

   ゴツゴツの 木の根道を下り、 うっそうと 生い茂った  樹々の中を

   大杉権現~ 奥の院魔王殿~ 貴船神社 へと  低山ハイク。

   貴船神社は ひっそりとしていて  寂しい 雰囲気だったが、

   可愛い 貴船菊の 本家本元の お出迎えに、 口もとが ほころぶ。

   可憐な 八重の  紅の花。  気品ある 一重の  白い花。

   正式名は ” 秋明菊  ”   キンポウゲ科   アネモネ属。

   別名  ” ジャパニーズ・アネモネ ”  

   数の少ないのが 気になったが、 花の時期は 終わりかもしれない。

   貴船神社の 「 丑の刻 参り 」  「 五寸釘 」 の 話は 、山越えで 

   すっかり 冷え込んだ体には ブルブルもので お参りもそこそこに 退散。

   急いで 料理屋さんへ駆け込み、懐石料理と 熱燗の日本酒を 注文する。

   ほんわりと湯気の立つ 酒を 口に含むと、 冷え切った体に しみわたる。

   ほどよい疲れも 相まって、  酔いがまわる 心地だ。

   ああ、  極楽、  極楽 なり。


    ( 写真は 信徳さん 「想いのままに・・・」 より  2010.9.25 )

           http://51608230.at.webry.info/

2010年10月18日月曜日

続 藤袴  「 アサギマダラ 」


    「 藤袴 」 で ”アサギマダラ ”に 関心と言うか 興味をもたれた方に

    耳よりの情報、いや グッド・タイミング の記事を ご紹介いたします。


    saganosanyasou さんの  「 気まぐれ日記 」

          2010年10月15日  「アサギマダラ」 の南帰行!!


        http://saganosanyaso.at.webry.info/


    9月2日、 福島県裏磐梯のスキー場から 10月14日 京都市内へ

    到着の 標識付きの ”アサギマダラ” の 素敵な 画像と 記事を

    お楽しみ くださいませ。

       10月11日  「 藤袴の蜜に 誘われて 」

       10月18日  「 自宅に ”アサギマダラ”が・・・・ 」 の 記事も

    合わせて ご覧下さいませ。


        ( 写真は ひとえさん 「おもひぐさ」 2010.10.16より )

          

2010年10月15日金曜日

藤袴(ふじばかま)


   ” 藤 袴 ”   秋の七草の 一種として 高らかに 詠った後は

   この 地味な花を  忘れていた。

   あの [ 旅する蝶 ]  アサギマダラ が 好むと 知るまでは。


   ” 藤 袴 ”   キク科  ヒヨドリバナ属

   淡紅紫色の 筒状の花弁が 袴に 似ていたことが 、名の由来。

   秋の七草のうち  唯一の  帰化植物だ。

   もともとは 中国生まれで 奈良時代に 渡来し 野生化したらしい。

   葉が 香ることから ” 蘭 草 ” の 異称あり。

   花に 香りなく, 草を 乾燥させると、清々しい ラベンダーにも似た

   芳香を 放つ。 昔から 香り袋や 入浴剤として 愛用されたようだ。

   さしずめ 今の ポプリだろう。


   初秋になると 人の丈ほど スルスルと伸び、淡い 藤色の小さな

   花が集まった 頭上花を咲かせる。 

   アサギマダラ が 好む 密には 毒性の強い アルカロイドが 

   含まれている。 蝶は これを 取り込むことで 毒化し、 敵から

   身を守ると される。

   自然界の 営みは、 人の想像を はるかに超越した  叡知に

   満ちている。


   アサギマダラ  は  誰もが 一目で  魅了される 美しい

   浅黄(あさぎ)色の 翅を 広げ、 羽ばたくことなく、フワリ フワリと

   楽しげに  浮遊する。  まさに  [ 動く 宝石 ] 

   時には 1500㎞もの 長距離飛行をする 能力は 溜息混じりの 

   感動を  われわれに 与える。


   アサギマダラ は  [ 優雅な 旅する 蝶 ]  なのだ! 


   ” 藤 袴 ” は  優しく  品よく  淡い藤色の花を  そよそよと

   揺らしながら  秋の野に  佇んでいる。

   アサギマダラ の 訪れを 一刻千秋の 想いで 待ちながら・・・・・・・


   ( 写真は  信徳さん 「想いのままに・・・」より  2010.09.25 )

     青色藤袴    http://51608230.at.webry.info/

    


2010年10月10日日曜日

紫苑(しおん)


                  ( 写真は  庵主さま  2007.10.07 )

    薄紫の  楚々たる  しかも  可憐なる  花。

    平安時代には この花由来の ” 紫苑色 ” が 生まれた。

    紫は 高貴な色とされ、 大宮人は 外出着として 好み、

    女官たちは 競って  秋の装いに 用いたとか。


    紫苑の一群れは 女官たちの さざめきにも似た 華やかな 世界。

    やがて 笛の音に 合わせ、鼓が 打たれる・ ・ ・雅な 管弦の宴。


    だが 私の耳には、 「 慈しみ深き 友なる イエスは ~ ~ 」 と

    讃美歌 312番の 旋律が 流れてくる。

    その昔、重苦しい 高校時代から 一転、自由闊達な ミッション系の

    短大に 進学。  あまりの 違いに 戸惑いながらも 

    シオン山教会( シオンとは エルサレムの市街の丘の名。 転じて

    キリスト教の 聖地 ) で、礼拝し、聖書、讃美歌・・・・・と 異文化に 

    触れ、宝塚では ないけれど [ 清く、正しく、美しく ] を モットーの

    校風に  のびのびと 楽しい 青春時代を  送った。

    人生における 大事な友との 出会いもあった。

    前途に 多難あり とは 露思わず、 光輝く道が 用意されていると

    信じ、 幸せいっぱい、  夢いっぱい の  二年間。


    ” 紫苑 ” は  私の 青春   そのもの。



    ( 紫苑に 関して 詳しくは 庵主さま 青谷だより 2010・10・08 ) 

         思い草  http://kittyom.at.webry.info   へ どうぞ

   




2010年10月5日火曜日

稲穂


                     ( 写真は maechan  提供 )  

   赤い稲穂が そよそよと 揺れる。 これは 秋を告げる  風物詩。

   「 赤米 」    遠く  弥生の時代に  大陸からの 伝来で 

   祭祀の 際の  お供え物 だったとか。

   この美しい 赤い稲穂が  秋の 爽やかな風に はためくさまを

   初めて見た時、 言葉にならない もどかしさで 胸の奥が ざわついた。


   40年前、 門司より  山陰本線 寝台特急での  のんびり旅。

   早朝 目が覚め  窓の外を見やると、 あたり一面 黄金に輝く稲穂。

   神話の里  出雲平野が  朝日に照らされ、 荘厳な 光景。

   「 大国主命 」 が 、稲穂の間から  ヒョッコリ  顔を出しても

   何の 違和感もない  不思議な空間。  時間が 止まってしまった。


   そして  南紀 紀和町の  丸山千枚田。

   一望千枚は  名実ともに  日本一の 棚田。

   小さな田が  幾重にも重なり、 1300枚くらいは あるという。

   夕陽に輝く 稲穂の  あまりの素晴らしさに  唖然とする。

   言い知れぬ 感動が  胸の奥から 突き上げてくる。

   青緑色、 黄金色、 黄土色 ・・・・・まるで パッチワークの じゅうたん。

   一枚 一枚 、 色と 形は 違っても 、  整然とした 美しさ。


   さわさわさわ  と   実りの秋が  やってくる。

   

2010年9月30日木曜日

紫紺野牡丹


   あでやかで 鮮やかな 五弁の 紫の花。

   誰をも 一目で 魅了する花  ” 紫紺野牡丹 ”

   紫紺・・・  まさに 日本の 伝統色の ひといろ。

   だが この花には、 和の色から にじみ出る 古風な趣が 感じられない。

   どちらかというと  ディープ・ロイヤル・パープル や パンジー  などの

   ビビッド・トーンの  あっけらかんとした 紫 だ。

   それもそのはず 原産地は ブラジル。

   ビロードのような 手触りの葉は、 産毛でおおわれ、 じつに 毛深い。

   紫の雄しべは 蜘蛛の脚のようで ”ブラジリアン・スパイダー・フラワー”の

   異名あり。

   ( 詳しくは 庵主さま 「 青谷だより 」 2010年9月26日の記事をどうぞ )

                    http://kittyom.at.webry.info/


   牡丹の花に 似ていないのに なぜ ” 野牡丹 ”と 名付けられたのだろう?


   [ 牡丹 ]  は  唐の時代より 中国では  [ 花の王 ]  と 称され、

   その華麗さで 他の花を圧倒し、 まさに 高根の花  である。

   それに ひきかえ ” 野牡丹 ” の なんと  愛らしく、  庶民的なことか。

   他の花のなかにあっては、目立って 派手で 人目を惹く。 が、 しかし

   仲間内では 陰影というか 濃淡少なく、 個性的美しさを 競うと いう

   点において やや 欠ける。 そのかわり 粒ぞろいの 美女軍団である。

   やや うつむき加減の しとやかな風情は 「私 何にも 知りませんの」

   と、純真無垢な 乙女の 色気を 感じさせる。

   だが、 皆が カメラを構えて 花の中を 覗きこもうとすると、その顔に似ず

   どすのきいた声で  「 あまり ジロジロ みるんじゃないよ 」 と、 一喝!

   の 強さも しっかり 持っているのだ。

   そのくせ、 これほど美しい花なのに 一日花 とは 惜しいと思う こちらの

   気持ちを 汲んでいるかのように、毎日 次々と 新しい花を 咲かせてくれる

   律義というか  優しさがある。

   花は 単純ながら 性格は 複雑。  ゆえに 余計に チャーミングだ。

   

   ” 紫紺野牡丹 ” と 名付けた方は 異国情緒 たっぷりでありながら

   日本的な美しさ、可憐さを 合わせ持つ この花を [ 日本の花 ] として

   末永く 愛してほしい との 願いを 込めたのだろう。

    

   

                  


   

2010年9月26日日曜日

杜鵑草(ほととぎす)




    秋風が ゆっくりと 吹いてきたら  、私の出番。


    ぷっくり、ぷっくり  つぼみを 広げて 花を咲かせるのよ。




    日本で 育った友は  ” ほととぎす ”  と言うの。


    花の 斑点が  鳥のホトトギスの 胸の斑と  似ているから。


    渋い色合いの 上品な趣が  [  侘び・寂びの世界 ]  に


    ピッタリで、 秋の茶花としても  一級品。


    だから あの子は 少々  気取り屋さん。




    イギリス生まれの  私の名は  ” ひき蛙 ”


    花の こぶが、 蛙の背に 似ているからですって。


    そう?  そう見える?


    イギリス人て  皮肉屋で、 ジョーク大好き。


    名付け親としては  ひとひねりした 名のほうが 面白いと


    思ったんだろうね。


    おかげで 私は  愛嬌があって  おしゃべりなの。




    あ~あ  私も 日本で 生まれたかったなあ。


    交換留学生の システム、 ないのかな。


       

    


    

2010年9月21日火曜日

曼珠沙華(まんじゅしゃげ)


   秋の彼岸、墓参り。あぜ道に 真っ赤な” 彼岸花 ”が 一列に並んでいる。

   この花を見ると あのジリジリと 背中を焦がす 残暑が ワンセットで

   思い出される。 そんな情景に ピッタリの 句。

           草川の  そよりともせぬ  曼珠沙華

                                 飯田 蛇笏


   ” 曼珠沙華 ”は [法華経] に現れる 天上四華のうちの 曼珠沙華(赤色) 

   摩訶曼珠沙華 (大赤花) に 由来する。

   曼陀羅華 (朝鮮朝顔) とともに 仏教信仰での  天上の花。

   韓国では  ” 相思草 (サンシチヨ) ”

   花が 咲くときは 葉がなく、  葉が生まれるときは 花はない。

   花は  葉を想い、  葉は 花を想う・・・・・・・の意。

                     (和歌森太郎著  「花と日本人」より 抜粋)


   ” 曼珠沙華 ”

   豪華 絢爛たる その姿。  独特の 造形美。  気位高き 高慢な花。

   その妖艶な 眼差しで こちらを一瞬見たか、と思うと すぐに 踵を返し

   天女の舞にも似た その美しい花姿を  天空めざし  突き上げる。

   この奔放な 振る舞いに 為すすべも無く、 ただ  見惚れるのみ。


   花ことば    「 情熱 」    羨ましい。

            「 想うは  あなた一人 」    ああ、怖い。


    ( 写真は くじゅう連山に咲く花 より )



   


                    

2010年9月17日金曜日

薄(すすき)


    秋は 夕陽が いいですね。

    山の端に 力なく沈む 陽を浴びて、かすかな 黄みを帯びた

    空気が 漂っている。

    斜光を受けて 稲穂が 金色に輝き、ススキが 銀色にそよぐ。

    水引草の 赤い実が 楚々として 可愛い。


    「 旅の 宿 」         作詞   岡本 おさみ

                      作曲   吉田 拓郎

          浴衣のきみは 尾花(すすき)の かんざし

          熱燗徳利の 首つかんで もういっぱい

          いかがなんて みょうに 色っぽいね~


    この曲を聴くと あたり一面 秋の気配が 立ちこめる。

    でも しだいに 落ち着かなくなる。

    「薄のかんざし?」   ススキは 堅くて 手で千切れない。

    縁も 鋭く、 肌を傷つける 恐れも あるぞ。

    第一 「熱燗徳利」  なら、もう初冬だろう。 その頃のススキは

    太くて 重い。 無理、 無理。 きっと カヤツリクサを 編んで 

    髪に 挿したんだ。単に語呂がいいので ススキにしたんだよ。

    待てよ、「浴衣」 ってことは 夏? いや どこかの 温泉宿か。

    などなど 野次馬根性 丸出しで、 折角の 爽やかな 秋の

    情景が ぶちこわし。

   

2010年9月15日水曜日

ブログ ご紹介

    当ブログに コメント投稿くださる 「 ひとえさん 」 を
    ご紹介します。

    繊細な 感覚と 優しく 鋭い 観察眼の
                素敵で 不思議な 世界です。
             どうぞ 体験なさって くださいませ。

      ひとえさん  < おもひぐさ >
            http://setunairo.at.webry.info/

2010年9月12日日曜日

撫子 (なでしこ)


   ねえねえ  聞いてちょうだいな。

   あたいが 野原の真ん中で 大の字になって 寝ていても

   みんな チラッと 横目で 見るだけだったんだ。

   それが [ 野の花 ] ブームとやらで 町へ連れてこられてしまった。

   きれいなおべべ 着せられて 、お澄まし顔さ。

   「万葉集に 撫でたくなるほど可愛い花と 詠まれていましたよね。」

   「そうそう、枕草子で 清少納言が 褒めていましたね。」

   なあ~んてね。 笑っちゃうよ。

   あたいが どのくらい お転婆で根性ものか、誰も知らないんだから。

   それにもう こんな窮屈なところは ごめんだね。

   あ~あ 早く 帰りたい。 仲間が首を長~くして待っているんだ。

   モリモリ食べて  ドンドン太って  可愛げがなくなったら、

   お払い箱に してくれるかな?

   それとも  ドンドン痩せて  みすぼらしくなるのが、 いいかな? 

   あんたが 見張り役してくれるなら、 いっそ逃げようか?

   あたい 足には  自信あるんだ。

   ねえねえ  どうしたら  いい?
         写真は 「くじゅう連山に 咲く花」 かわらなでしこ
             

2010年9月10日金曜日

続 大待宵草


   この” 大待宵草 ”  幻想的で  仄かな色気を 感じますね。

   画像は  庵主さまブログ  「青谷 だより」 2007年6月3日

   ( 昼咲き月見草 ) より お借りしたものです。


   先日の 「大待宵草」 のコメント欄の

   ” 利尻岳には  月見草が よく似合う ”に 興味津津、

   すぐに 庵主さまの処へ 飛んで 行きました。

   たかが [ たかようじ]  手も足も でませんでした。  

   されど  [ たかようじ] (自画自賛)。 独り占めするほど 料簡

   狭くないので、 皆さまにも 見て戴きたいと 思いました。

   幸いにも 庵主さまに 快諾を得ましたので、リンクさせて頂きます。

   2007年度、庵主さまは 実に 精力的に 記事を更新なさって

   いらっしゃいます。

   その素敵な お洒落な画像と文章を ご覧くださいませ。


   私同様 機械オンチのAさん、今回は 詳しく 説明するので 

   不時着することなく、無事に 目的地に 着陸 してくださいね。 

 
     ① この URLを クリックする。

       「 青谷 だより 」 の ブログが 表示される。

     ② その画面の 一番下に 

         続きを見る 

            2009年10月 2009年11月 2009年12月

            ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・

             この中の どの月でも いいから クリックする

     ③ 画面が 切り替わって  左サイド カレンダー の下の

          月別 リンク の 2007年6月 を クリック

     ④ 6月3日 を クリック

                           以上です。大丈夫ですね?


  

   最後に 一つ 大きな 心配ごとが あるのです。

   それは 庵主さまの ブログを 訪問して そのまま 居続けて

   帰って こないのではと・・・。

   どうか 皆さま くれぐれも 「 のうのう日記 」を お忘れなくね。

2010年9月6日月曜日

大待宵草(おおまつよいぐさ)


   太陽が 沈み そこはかとなく 涼しい風が 吹く 夕暮れ時。

   その宵を待って 花ひらき 翌朝 ひっそりと萎む 黄色の花。

   不思議な 体内時計を持つ 魅惑的な花。


   太宰 治 は 「富嶽百景」で、”富士には 月見草が よく似合う”と

   書いたが、その月見草は [オオマツヨイグサ]  と言われる。

   ”待てど 暮らせど 来ぬ人を 宵待草の やるせなさ・・・・・・・・・”と

   詠った 竹下 夢二。    

   両者とも 夢二の絵のように 、儚げで 美しい女(ひと)を 想う。


   今から 37,8年前 私は 門司の 大里に 住んでいた。

   その当時、門司には 九州鉄道の本社があり、 大里の町には 国鉄の

   官舎が 立ち並んでいた。まさに 国鉄のお膝元だった。

   鹿児島本線、下関への山陽本線 の上下線、貨車・・・・・・と 頻繁に

   列車が 往来していた。

   夏の長い黄昏時、ヨチヨチ歩きの 息子の お気に入りの散歩は

   鉄道線路の 金網越しに、 行き来する 列車を 眺めることだった。

   線路わきには 黄色の重たげな 花をつけた 大待宵草が、夕陽を

   浴びながら、華やぎの時を 今か、今かと 待ちわびていた。

   門司駅 近くなので、汽車の動きは 緩慢だ 。時折 運転手が

   常連の見物客に 気前よく ポッポーと 汽笛を 鳴らす。

   息子は それが嬉しくてたまらず、その汽車に向って 「ポッポ、ポッポ!」と

   手を振りながら、私を 振り返る。 その弾けるような プチプチ笑顔。


   私の [ オオマツヨイグサ ]  は 幼い息子の 笑顔だ。

   それにしても 私は あの時、美しく咲いた 大待宵草を 見たのだろうか。

                           (写真は くじゅう連山に咲く花 より)

2010年9月3日金曜日

時計草


                          (写真は maechan 提供) 

   「さあ みんな、目を閉じて。 はるか昔の  インカ帝国の 青~い、

   青~い チチカカ湖 を 想ってくれたまえ。」


   ”スペインが インカの地を征服する1533年、インカ帝国の

   莫大な財宝は 王族の手で チチカカ湖に 深く深く 沈められた。

   鍵は 不思議な魔力を秘めた あの花 とのみ・・・・・。

   この謎解きが出来たのは ただ一人 、パラグアイの 賢人。

   「花は 時計の文字盤に見える。そうだ、3つに分裂した雄しべが

   時計の 長針、短針、秒針 だ! では 羅針盤だと どうなる?」

   財宝は 湖の底より 密やかに 引き上げられ、 パラグアイへ。

   その花は 功を称えられて ”時計草” と名付けられ、国花となる”

   (以上 たかようじ作。 以下は ウィキペディア フリー百科事典)


   ”時計草” トケイソウ科トケイソウ属  ペルー、ブラジル原産

   英名 passion flower は [ キリスト受難の花 ] の意味。

   イエズス会の宣教師達は アッシジ聖フランチェスコが 夢に見た

   「十字架の花」 を信じ、キリスト教の布教に 利用した。彼らは

   花の子房桂は 十字架。(中央で) 3つに分裂した雄しべが 釘。

   (棒状の鮮やかな)副冠は 茨の冠。 5枚の花弁とがく(花弁に

   見える)は 合わせて10人の使徒。 巻髭は(追責者の) ムチ。

   葉は 槍 であるとした。   { ( )は 補足 }

   

   どうだ、魔法の力を封じ込めた 実に神秘的な 花ではないか。

   では 現代での不思議を、 またまた お目にかけるとしよう。

   「 想いのままに・・・・・・・・(群馬発) 信徳 」

       9月2日の記事 「トケイソウ、この不思議のものに・・・」

       http://51608230.at.webry.info/

   ここを クリックして ???な世界へ どうぞ!

   ( コメント欄も ぜひ ご覧ください。楽しい話が 一杯です)

2010年9月1日水曜日

ブログご紹介

    当ブログに コメント投稿 くださる 「 ぶらり爺さん 」を
        ご紹介します。
            ぶらり爺 さん   < ぶらり 日記 >
         
http://burarinikki.at.webry.info/

             ぜひ クリックして お訪ねください。
             気持玉も つけてくださると 尚 嬉しいです。

酔芙蓉(すいふよう)


   高橋 治 著  「 風の 盆恋歌 」

   この本は 究極の [  夢幻 ]  の 恋物語。

   その象徴としての ” 酔芙蓉 ”


   花は 朝のうちは 白く、昼下がりより 酔い始めたかのように

   色がつき、夕暮れには すっかり 紅 と なる。

   酔った挙句に 散る、 一日限りの 命花。


   舞台は 坂の町、水の町 富山 八尾町。

   九月一日から 三日間の ” 風の盆 ”

   独特な音色の 胡弓が加わり、越中おわら節を のびやかに

   歌い 舞う  祭り。

   男女とも 編笠で 顔を隠し、しめやかに、密やかに 舞う。


   長い間 憧れていた” 風の盆 “ 見物ができたのは 二年前。

   八尾など 知りもしないのに 懐かしさと 期待で 胸が弾む。

   まずは 野外演舞場で おわらを見物後、ぼんぼりの 光の町へ。

   町なかの 輪踊りを 駆け巡って、見物する。

   お宮の境内での 男女二人の 洗練された 墨絵 のような舞を

   下から 見上げ、次は 急こう配の 石段に座り、はるか下の

   輪踊りを 眺める。

   すっかり 胡弓の音色に 魅了され 、静かで 雅な 踊りに 

   酔いしれた、今も 忘れられない 一夜と なった。

2010年8月27日金曜日

平江帯・肥後躰(ひごたい)


   夏の終わり、阿蘇の草原に スクっとそびえ立つのは ”ヒゴタイ

   まるで 「 野の花 王国 」 の衛兵だ。

   背は 100㎝と 小柄だが、ツンツン頭と ギザギザ葉っぱの

   武器を 持つ。

   名は 肥後の国に 多いことからとか、花の形が ハリネズミに

   似ているとか、諸説あり。海の外では ”ブルーボール”とか。

   とにかく 青い まんまる球が、 目立つ。

   だれも トゲトゲ頭が 実は 瑠璃色の 小さな花の集合体なんて

   思わない。 宝石のような 美しい花が 咲くなんて 想像外。

   瑠璃色に輝く ”ヒゴタイ”は 驚くほど 素敵だ。

   日当たりのいい草原で、高い、高い空に向って ピシッと

   姿勢の良いのが、野生種だ。

   風が 友達だけに 丈夫で、力強い。

   悲しいかな、今や 絶滅危惧種に なってしまった。

   園芸種の ” 瑠璃玉薊 ”。

   色は 一段と冴えわたり、見事な美しさだが、ややひ弱な感じがする。

   仕方ないか、町っ子の友達は ゲームだもの。

   

   ”ヒゴタイ” を見たり、想ったりすると、 自然に口ずさむ [ 手毬歌 ]

       あんたがたどこさ  肥後さ  肥後どこさ  熊本

      熊本どこさ  船場さ  船場山には 狸がおってさ

      それを猟師が鉄砲で  撃ってさ   煮てさ  焼いてさ

      食ってさ  それを木の葉で  ちょいと隠せ

   その昔 女の子に人気のゴムまり遊びの歌だ。歌いながらまりをつく。

   手でついて、足を使って、ゴムまりの弾みも 利用して、空中高く

   打ち上げたりと、ざっと思い出しても 15種もの バリエーション。

   教えてもらったものもあるだろうが、大半は 工夫して考え出したもの。

   病弱な子供のくせに、遊びに関しては 徹底的に遊び尽くしたのだな

   と、今更ながら 感心する。


   写真は 「ゆふいん玉露米」