2011年8月31日水曜日

鳥兜(とりかぶと)

                  ( 「植物園へ ようこそ 」 より )
キンポウゲ科  トリカブト属     日本・中国・朝鮮半島  原産 

名の由来は 雅楽の奏者が 錦製の鳳凰をかたどった冠をつけていて

それが ”鳥 兜”と よばれており、この花の形が 似ていることより。

英国では ”ヘルメット・フラワー”と 呼ぶ。

この花の 複雑な形は マルハナバチに 花粉を運んでもらうための

手の込んだ 装置 とか。





「 不美人な女性を 俗に  ”ブ ス” と いうが、ブスの語源となった

植物こそが、 美しい トリカブトである。

ブスとは ”附 子” と 書き、 トリカブトの 塊根のことである。

トリカブトは 猛毒を持ち、  誤って 口にすると、 神経系の機能が

麻痺して  無表情になる。

この表情から ”ブ ス” と 言われるようになった。」

   ( 稲垣栄洋著 「 残しておきたい ふるさとの野草 」 より )





今から 18年前の話。 北アルプスに 初挑戦、  白馬岳だ。

大雪渓を これまた 初めての 軽アイゼンを ガシッ、ガシッ と

いわせての雪渓歩き。 おっかなびっくりの足元だが、心はルンルン。

涼風を 心地よく 身体に 感じ、 雪渓を 登りつめると

そこは お花畑が 一面に広がる  葱平 (ねぶかっぴら)。

色とりどりの 美しくも 愛らしい 花々が、 優しく  風と 戯れ

短い夏を 謳歌していた。

その中で 不思議な魅力を 放っている 青紫色の 個性的な花

それが “ ミヤマトリカブト ”。

この花による 殺人事件が 記憶に 新しい時期だったので、

ゾクゾクしながら  見入ってしまった。

” トリカブト ” の花は こちらの思惑など どこ吹く風かと 澄まし顔

妖艶な 美しさを 漂わせ、 私を とりこにした。









 

2011年8月4日木曜日

紅蜀葵(こうしょっき)

       ( 長さんの デジファイル 「 花色々トップ 」 より )


アオイ科   ハイビスカス属   北米  原産

別名 ” 紅 葉 葵 (もみじあおい)” 葉が 紅葉の葉に似ることより。




近所の公園に ” 紅 蜀 葵 ” が、ギラギラした太陽のもと、青い空に

ひときわ 大きな 深紅の 5弁の花を 輝かせ、 咲いている。

茎と葉が 華奢なのに この 紅い花の なんとまあ 華やかなこと。

つぼみの時は、 まさに  深窓の 令嬢の  感あり。

成人すると  鮮やかな花色と 妖艶な笑みで、 人を 惹きつける。

風が吹けば  バレリーナのごとく、  強靭な身体を しならせ、

いつも 笑顔を 絶やさない、  八月の花の 人気者。

花言葉は 「 温和 」 「 穏やかさ 」 と、 やや 意外。



          [   八 月  ]

       八月は  赤い月    燃える月

       赤は    聖色

       色彩の世界の   尖頂にあって

       白黒の世界とを    つなぐ色で

       あって    色でない。

       ( 朱夏ー 東アジアでは  朱が 夏を 象徴する )

                     「 書道家  石川九暢 より 」




この [ 八月 ] の 見事な描写は ”紅 蜀 葵” を 讃えるのに

ふさわしい と、 一人 悦に入っている。





     

2011年7月19日火曜日

立葵(たちあおい)

       ( 「 長さんの デジファイル」 花色々トップ より )
  アオイ科   アルテア属

  トルコ原産種と 東ヨーロッパ原産種の 雑種とされる。

  人類が 利用した 最古の花の 一つ。

  イラク北部で 6万年前の ネアンデルタール人が 死者に

  手向けた 花が 出土した。

  おそらく インド、ミャンマーから 「 山のシルクロード 」を

  経て  中国・四川省に  伝播。

  唐代以前は [ 牡丹 ]が 台頭するまでは [ 蜀葵(しょくき)]

  の 名前で 一番の 名花と された。

  日本へは 平安時代の 唐葵から 江戸時代に 立葵に。   

          ( 湯浅浩史  「花おりおり」より 抜粋 )




  2007年 トルコへの旅。

  紀元前2世紀 ローマ時代の古代都市ヒエロポリスの遺跡。

  その下に 広がる 高さ100mに及ぶ 階段状の 石灰棚。

  石灰質を含んだ温泉水が 何千年もの 長い年月をかけて

  創り上げた 純白の 棚田、 <バムッカレ>

  ローマ帝国の温泉保養地であり トルコ語で <綿の宮殿> 

  を  意味する。

  純白の石灰棚が 夕日に照らされ、ブルーのグラデーション

  へと 刻一刻 変化し、 たとえようのない 神秘的な美しさ。

  この 魅惑的な景観に 圧倒され、 静かな 祈りにも 似た

  沈黙の世界が 広がる。




  ヒエロポリスの野には 色とりどりの花が 咲き乱れていた。

  白、 薄紫色、 紫、 淡紅色、 紅色 ・ ・ ・ ・ ・ 

  目を惹いたのは すらりとした、” タチアオイ ” の花。

  日本でみるより やや小ぶりだが、 優美な  淡紅色の花。

  立ち去りがたい想いの私に ” 立 葵 ”は  悠久たる時を

  ふわりと 包み込み、柔らかな 微笑を 投げかけてくれた。

  幻想的な 光景と 気品漂う 花を  今も 思い出す。

  爽やかな 風と  ともに。

2011年7月9日土曜日

山梔子(くちなし)

                 ( 植物園へ ようこそ  より )


アカネ科   クチナシ属   中国・ 東南アジア・ 日本  原産

梅雨時に  純白の  美しい  六弁花を  咲かす。

雨上がりには 魅惑的な 甘い香りが  あたり一面に  漂う。

ツヤツヤした 緑の葉も   鮮やかだ。

秋深く、  結実した実は  赤みのある 黄色に  色づく。

熟しても  口を開かないことからの  名との   一説あり。





清純な色気の クチナシの花も 王朝歌人には あまり取りあげて

もらえず、 もっぱら 果実を煎じて  着色料や 染料に 用いた。

くちなし色の 色見本を 眺めていると 「 くちなしの実で 染め

あがった色は、 いかにも 新鮮で  ひな鳥のように 初々しい」

との 染色家の 志村ふくみさんの 文章が 浮かぶ。





タヒチの シンボルの花は < ティアレ ・ タヒラ >。

クチナシの 一種である。  タヒチの女性は 水浴びの後、その

花で  髪を 飾る。  ココナツミルクに 花を 浸した モノイは

タヒチに 古くから伝わる 化粧水。 天然の ヘアークリームで

あり、 スキンクリームであり、 万能薬だ。

           ( 湯浅 浩史著   花の履歴書より  )





そういえば、 ゴーギャンの 有名な 「タヒチの女たち」の 絵で

女性が 髪に 挿していたのは この花ではと、 調べると、

ピンポーン・ 当たり!

俄然、 あの絵が 身近に 思えてくるのが、 可笑しい。



でも 私の 一番の お気に入りは、 映画  ” 旅 情 ” の

ヴェネチア・サンタルチア駅での  ” クチナシの 花 ”。

甘くて せつない、 あの シーンに  かなうものはない。






2011年6月30日木曜日

露草(つゆくさ)



                  ( 植物園に ようこそ より )


ツユクサ科   ツユクサ属   原産地   日本など東アジア

茂り始めると 茎を 長くのばし、 茎の 節々から 根を出し、

どこまでも 伸びていく ” 露 草 ”

あまりの 繁殖力に 驚かされ、 引き抜きたくなるが、

あの 透明感のある 瑠璃色の花に であうと、 つい 放任。

青い花のなかでも 一際 めだつ、 造形の妙に あふれた

美しさに  心 奪われる。





つぼみは 二つ折りになった 網笠のような 苞葉の中に 数個

あり、 1個ずつ  順に 開く。 その様子が 帽子をかぶった

ように 見えることから、 別名 ” ボウシバナ ”

”ツキクサ” とは この花で布を青く刷り染めたことに由来する。

染めた色は 「 露草色 」。 淡いブルーの 「 はなだ色 」 もだ。

現在 友禅の下絵書きは 変種の大帽子花が 使われている。





露草の 花びらは 丸く、 大きく、 耳を ピンとたてており、

2本のシベが  おいで、おいでと  手招きする。

残りのシベは 鮮やかな黄色の衣をまとい、この花の 魅力的な

アクセントと なっている。 「 この奥に 甘い蜜があるんだよ 」

と  虫たちを 誘っているかのようだ。





花は 早朝に開き、 午後には閉じる。

ツユクサの ユニークサは  午後にある。

花弁の中は ドロドロに溶け、 成分は吸収されて 次の花へ

回される。 リサイクルの 花である。

         ( 湯浅浩史 「花おりおり」 より )





外見の愛らしさと 本性のたくましさと これほど違う花も珍しい。

” 露 草 ” は 独立心の強い、 才気あふれた 花である。









2011年6月19日日曜日

紫陽花(あじさい)

                       ( maechan  より )
  アジサイ科  アジサイ属  原種は 日本原産の ガクアジサイ
  別名は   「 七 変 化 」   「 八 仙 花 」
  六月は  あじさいの 季節。
  雨に濡れながら、美しく咲く 紫陽花の花は  梅雨の 風物詩。
  この花の咲いている周りだけ、 仄かに 明るく、静かながらも
  華やいだ 空気が 漂う。
  目にも鮮やかな濃い藍、 浅い藍、 儚げな水浅葱、 純白・ ・
  どの色合いも  心を 透明にしてくれる。


  四つの花びらが 寄り添うように 咲く姿を 手毬花として
  愛らしいと 想う人、
  花が 開きはじめてから、 微妙に 色合いが変化するのを
  移り気と 嫌う人、  さまざま。
  私は  清楚な趣の ” 額 紫 陽 花 “ が  好き。 


  ガクアジサイの 小さな花は 初めは 固い ツンツン つぼみ。
  ” 愛いやつだ”と ちょっかいかけても 知らん顔、 無口だ。
  やがて ヒソヒソ話するように 一つずつ 花が そっと開いて
  いく。  中から シベが ちょこんと のぞいている。
  そのうち、 パキッとした 五弁の花びらの真ん中から、シベが
  得意満面の 笑みを 浮かべて 伸びあがってくる。
  花たちが パチパチ 弾けるように、 そう、  あっという間に
  ペチャクチャ おしゃべりな 女の子の集団に 変身するのだ。


  大らかで優美な 装飾花に 守られるように、 小さな 可憐な
  花の軍団が 咲き誇り、 美しい ”額紫陽花”の 出来あがり。
  


  

2011年6月9日木曜日

ドクダミ

                     ( 植物園へようこそより )





    昨年 6月9日より 始めました 「 のうのう 日記 」

    おかげさまで ブログ開設 1周年と なりました。


    友人との メール延長線と なにげに始めた ブログが

    一年も続いたことに 自分自身が 一番驚いています。

    皆様の 温かい 励ましにも似た コメントに  支えられ、

    画像の借用に 支えられ、 ここまで 参りました。

    改めて 感謝いたします と 共に  今後とも どうぞ

    よろしく お願い申し上げます。




  ” ド ク ダ ミ ”  ドクダミ科   ドクダミ属   東アジア原産

  「 毒矯(た)め 」 に 由来の名。 矯めは 改め、直すこと。

  毒消しや 食あたりに 使ったとされる。 十種の 薬効があり

  「 十 薬 」 の 名も ある。

  4枚の 白い 花びらに見えるは 苞。 その上に 淡黄色の

  繊細な小花が 穂状につく。

  一見は 一つの花に見える 集合花だ。

  葉は ハート形で 表が 暗い緑色、裏が 暗い赤色と 個性的。


     どくだみや    真昼の闇に   白十字

                           川端 茅舎

  梅雨は  静かな心を 取り戻す時。 秘めたる心を蘇らせる時。

  この季節に なると 小さいころ 虚弱体質で いつも 身体に

  腫れものが できていた私に、祖母が ”ドクダミ”の葉を あぶり

  化のうした患部に 当てて 治療してくれたことを  思い出す。

  人によっては 嫌われる 独特の匂いも、 私にとっては

  祖母の 愛情と 重なり、  懐かしく  いい香り。

  花ことばは [ 白い 追憶 ]


  ” ド ク ダ ミ ” は  生命力 旺盛でありながら 、神秘の力を

  持つ、  どこか 不思議な魅力の 薬草である。





















2011年5月31日火曜日

都忘れ(みやこわすれ)

                ( 写真は 季節の花 300 より )

  キク科   ミヤマヨメナ属    日本  原産

  ” 都 忘れ ” は 小さい花ながら 凛として 気品あふれる花。

  江戸時代より 茶花、 庭の下草として栽培され、切り花に向く。

  紫、 薄紫、 白、  薄紅 ・ ・ ・ どの色の花も  素敵。

  この花を見るたび 一昨年亡くなられた 作家 庄野潤三氏の

  本の 一節を 思い出す。



  ”みやこわすれは咲き出すと いつまでも 次から次へと咲いて

  くれる。 この花を分けてくださった 歯医者の 植木老先生の

  「みやこわすれが咲き出すと 仏さまのお花を 切らさない」 と

  いわれたのを 思い出す。  ありがたい花だ。”



  そうなのです。 見かけは愛らしいが  なかなか 強い信念と

  体力を 持っているのです。

  切り花にしてもずいぶんと長い間 その美しさを維持してくれる

  花 なのです。





  「貝がらと海の音」 にはじまり、「ピアノの音」 「庭のつるばら」

  「鳥の水浴び」  「山田さんの鈴虫」 「うさぎのミミリー」 ・ ・

  夫婦の晩年を主題に 花や鳥、 旬を飾る食べ物、 巡りいく

  季節など、 静かな喜びで 満ちあふれた日々を 淡々と

  綴った 随筆集、 いや  一連の 小説。

  ここには 少しずつ 少しずつ 時間が たって  小さな変化が

  あって  でも変わらない世界が  ある。

  庄野氏の本を読むと いつもしみじみ 温かい心で満たされる。




  ”みやこわすれ” は どの本にも 同じような台詞で 登場する

  常連さんで (ほかには 浜木綿、すみだの花火、ブルームーン

  など)  私には  なじみの花である。

  ”みやこわすれ” は 私の心を おだやかにしてくれる花だ。




  




 

2011年5月24日火曜日

花筏(はないかだ)



              ( 写真は 季節の花 300 より 

  桜の花が散り、水面に 帯状に 漂い流れる 様を 花筏 と

  称す。

  とある 春の夕暮れ、 桜が 降りしきる  京都 哲学の道。

  疏水の 川幅いっぱいに 悠然と 流れゆく  桜、 桜 、桜

  最後のきらめきを 見せながらの  優美で 静かな 行進。

  唖然として  時の過ぎるのも 忘れて 見入った。

  この夢のような 光景に 再び まみえることは ないだろう。




  ” 花 筏 ”     ミズキ科   ハナイカダ属

  その名の由来は  葉を 筏に 見立て、 筏の上に 乗った

  花 と いう 意。

  ”ハナイカダ ” なる 木が あると 聞き、  興味津津。

  風雅な ネーミング。  はたして いかなるものや? 

  日々  恋心は  募りながら、  逢えたのは つい先日。

  なんとまあ、 めったに お目にかかれぬ  変わり者 と

  お見受けする。  よくいえば  実に  個性的なのだ。 

  山アジサイに似た 美しい緑の葉の 真ん中に、 淡緑色の

  小さな 花が  チョコンと  鎮座ましましている 花姿。

  可愛くって、 おかしくって、  たまらない。 

  まるで  一寸法師の 世界なのだもの。( お椀を 舟に

  お箸を  櫂にして ・ ・ ・ )


  この 小さな  若緑の  舟の   ” 花 筏 ”

  流れ  流れて   どこまで  行くのやら




     花 筏    みどりの風に    煽(あふ)らるる

                      鈴木  房枝






  

2011年5月16日月曜日

矢車菊(やぐるまぎく)

                   ( 写真は News@KEK より )
  キク科  ヤグルマギク属   ヨーロッパ南東部  原産

  和名は 花弁の 切れ込みが  「 鯉のぼり 」 の 竿の先に

  ついている 矢車に 似ているところからの 由来。

  属名 「 Centaurea 」 は ギリシャ神話に出てくる 半人半馬の

  怪物 ケンタウルスに よる。

  英名は ” コーンフラワー ”  麦畑に よく咲くことから。


  ” 矢車菊 ” は 親しい花だが、 華麗な 歴史を 持つ。


  古代エジプトでは 青い花は 魔よけとされ、”ヤグルマギク”は

  王のミイラの胸を飾った。(ツタンカーメンの黄金の棺より発見)

  ドイツでは 「カイゼル(皇帝)の花」 と呼ばれ 、国花となった

  こともあり、 ドイツ女性の 瞳の色にも 例えられる。




  又、 その青色の美しさから、最高級の サファイアの色味を

  「コーンフラワー・ブルー(ヤグルマギクの青)」 と して

  引き合いに出され、 マリー・アントワネットも 好んだらしい。

                   ( ウィキペディアより 抜粋 )




  まだ 驚くには 当たらない。


  赤いバラと 青いヤグルマギクは 全く違う色にも かかわらず、

  シアニジン型アントシアンという  同じ 色素を 持っている。

  これまで 多くの人が 挑戦してきた 「 青い薔薇 」・ ・ ・

  同じ色素を持つ ヤグルマギクは たった4個の金属イオンと

  フラボンの お陰で、 綺麗な 青色を 出しているという。

  不可解で 実に おもしろい 世界だ。

       ( 英科学雑誌ネイチャー2005.8.11掲載 より 抜粋)



  数々の 驚くべき エピソードに 包まれた ” 矢車菊 ” 

  それなのに  なんとまあ、  伸びやかで  優しいことか。

  爽やかな 五月の 風に  細長い 身体を しならせながら、

  筒状の 花たちが 頭を寄せ合い、 笑い、 さざめいている。

  野の花のような 素朴な美しさながら、 不思議な 魅力を 

  漂わせている。



 



 



2011年5月5日木曜日

烏野豌豆(からすのえんどう)

                    ( 写真は maechan より )


マメ科   ソラマメ属     オリエントから 地中海   原産

別名  ヤハズエンドウ (葉の先端が くぼみ、矢ハズ形になる)

茎の先から、巻きひげを出してクルクル巻き、 紅紫色の 蝶形の

可愛い 花を 咲かせる。

花後、 さやが熟すと 真っ黒になるところから ”カラスノエンドウ”

の 名と なる。


” カラスノエンドウ ” は、 美人三姉妹の  長女。 


三女は  “ スズメノエンドウ ”。

長女に比べると  茎も 葉も 共に細く、 華奢で、 花も 勿論、

小さく、 白っぽく、 地味である。

 

次女は ” カスマグサ ”。

烏の 「カ」 と 雀の 「ス」 の 間の 「マ」、と いうことで

” カスマグサ ”。   つまりは   中間型。

自分だけ エンドウの名が ついていないため、青紫の美しい花を

咲かせるも  姉妹に 強烈な ライバル心 あり。

あまり、 表に出ないが、 中々の  しっかり者である。


” スズメノエンドウ ” は、 上の二人を 見て 育ったせいか、

上手に 人生を 渡ることが でき、 かなりの  頭脳派である。

自分の身を守る方法として 体内に 抗菌や 抗酸化作用のある

物質を 含み、 病原菌や 害虫を  防ぐ。 


それに引き換え、” カラスノエンドウ ” は 長女としての 自意識

過剰で、 自分に 自信があり、 他を うまく 使うことを 考え、

抗菌物質のかわりに、甘い蜜を作りだした。しかも 花の中だけで

なく、葉の付け根からも 蜜を出しているのだ。 この蜜を 武器に

アリを ボディガードにと 利用したつもりが、 結果として アリの

手痛い 逆襲に 遭い、 アブラムシの 天下と なってしまった。


世の中、 なかなか うまく いかないものだ。

  ( 「残しておきたいふるさとの野草」 稲垣栄洋 著 参照 )



だが、 カラスノエンドウは  どうやら 花が 咲く 前に すでに

受粉(つぼみ受粉)しているそうで、 これには 参った、参った。



*  この記事は ひとえさんの 「 おもひぐさ 」 2011.04.21より

    ヒントを 得ました。 スズメノエンドウ カスマグサ の画像も

    お楽しみください。














2011年4月27日水曜日

アネモネ






  キンポウゲ科    イチリンソウ属
  原産地     南ヨーロッパ地中海沿岸
  ギリシャ神話に 美青年アドニスが 流した血より、 この花が
  生まれたとの 神話あり。
  語源は ギリシャ語で 「 風 」 を 意味する 「anemos 」からと
  され、 英国では 風の花 = wind flower と 呼ばれる。
  風に吹かれて 飛び散る 花びらや、 綿毛のある 種子からも
  風と 深い 結びつきが うかがえる。

 
 アネモネは [ 大正ロマン ] そのものの  花だ。 
  大正浪漫を 代表する 画家、 竹久夢二の 独特な美意識の
  夢二式美人、 たまき  彦乃  お葉   の あの 大きな、
  黒い瞳。  寂しげで ありながら、 ひたむきさを秘めた 瞳。

  アネモネは   触れると、 ハラリと  散って  しまいそうな
  危うげで  儚い  美しさの 花。
  色鮮やかで 野生的な 魅力に 富みながら、 実に 華やかな
  都会的な 感覚の  持ち主。
  この 矛盾に 満ちている アネモネは、 静かな 情熱の花。
  人は  これからも  この花に  魅了され続けることだろう。


  
[ 雑記 ]   00年 3月、 真っ黄色の 菜の花と、 紫色の
          アネモネの  可愛い ブーケが  届きました。
          雑誌フィガロに 載っていたので、 注文してと。
          フフフ、  誰からの プレゼントだったでしょうか。

   ( 写真は 長さんのデジファイル  花色々トップ  より )
      
http://www7b.biglobe.ne.jp/~chosan/index.html

2011年4月20日水曜日

蔓日日草(つるにちにちそう)

                  ( 写真は 季節の花 300より )


キョウチクトウ科   ツルニチニチソウ属   地中海沿岸 原産

別名  ツルギキョウ    ビンカ


” 蔓日日草 ” は 蔓状に伸びた 茎の 途中から 根を下ろし、

地面を  這うように  広がっていく  性質を 持つ。

春になると 花茎だけ 立ち上がり、 青紫色の 5弁の 美しい

花を 咲かせる。 花の 中心には やや 白っぽい くっきりした

5角形の 溝があり、 アクセントに なっていて   この花に

爽やかな、 キリリとした  印象を 与える。

いま時分 公園など いたるところで 野生化した”蔓日日草”が

清々しい 色気を  漂わせている。


ツルニチニチソウの  ちょっと ねじれた プロペラのような 花を

見ていると、 フウッ~と  息を 吹きかけたり、  茎を 折って

手に取り、  走ってみたくなる。

そう、  風を  送りたくなるのだ。

風を うけた 花びらが、 今にも  ”風車(ふうしゃ)”や、 ”水車

(すいしゃ)” の ように、 クルクルと  廻り出しそうなんだもの。

素人目には きんぽうげ科の 「カザグルマ」 より、 こちらの方が

「 風 車 」 の 名に  相応しい気が するのだが・ ・ ・ 。


ヨーロッパでは 常緑で 冬の間も 枯れないので、、不死の力や

魔力を 持っていると 信じられていたらしいが、 どう 贔屓目に

見ても、  神秘的な 花には  見えない。


ただ、 この 青紫の花は  人に、 懐かしい、 優しい  想いを 

与えてくれる。 





 

2011年4月13日水曜日

桜  妹背(いもせ)



                  ( 妹 背   造幣局HP より )




今年は 4月14日~20日、 造幣局の 「 桜の 通り抜け 」 が


催される。 


南門から北門までの 一方通行の 560mの 延々と続く 桜並木。


125品種 約370本で  大半が  遅咲きの 八重桜であり、


浪速の 春の 風物詩と なっている。(今年は ライトアップ中止)






今年の花は ” 妹背 ”。 花は 濃淡になった 紅色で、  時には


一つの花に 実が二つ 対になって つくことから が、 名の由来。






夕暮れの空に 広がる 桜は 艶めいて、 妖しいまでに 美しい。


しかし ここでは あまりの人出に、想いに 浸ることは、 無理だ。


通り抜けの桜は、ぼんぼりの ライトアップに 輝いているに 限る。


春の夜空に 浮かび上がる 八重桜の  豪華絢爛たる  花姿。


雅なる 紅色の  大きな 八重桜   [ 大 手 毬 ]


淡紅色の  八重の  可憐な   [ 小 手 毬 ] 


養老桜、  天の川、  楊貴妃、  有明、  雨宿り ・ ・ ・ ・  


ある花は 頭上高く、 ある花は すぐ手元に、 右に、 左に ・ ・ 


すさまじい人、人、人から、溜息とも 歓声ともつかぬ どよめきが


あがる。  暗闇ゆえに  人の顔は  定かではない。


桜の 醸し出す  「 夢 幻 」 の世界に酔いしれて、 フラフラと 


漂い歩く。


通り抜けると、 どっと  疲労感が  押し寄せる。


桜の精に  エネルギーを  吸い取られたのだろうか。


そう思いつつ、 又 あの高揚感を  味わいたいと 出かける。


それゆえ   桜は   いよいよ  華やぐのだろう。


 


2011年4月7日木曜日

金盞花(キンセンカ)


                   (写真は 季節の花 300 より )

 ” 金盞花 ”と 言うと、  ひと昔前の  仏さまの お花 の

  イメージを 持つのは 私だけであろうか。

  派手な オレンジ色、 黄色の花で ありながら、少々野暮ったい

  と 思っていた。

  だが、 この”金盞花”に 華やかな 履歴書が あることを知り、

  早速、 ご披露に 及んだ 次第である。


  キク科   カレンデュラ(  Calendula ) 属

  カレンデュラは  ラテン語の 「 Calendae (毎月の 第1日)」

  が 語源。 どの月の 初めにも 咲いているほどに、 花期が

  長いことからで、 [ カレンダー ]の 語源でもある。



  「 キンセンカの ふるさとは 南ヨーロッパや、レバノン。

  ギリシャや ローマ時代から 知られた花で 神話にも顔を出す。

  太陽の神アポロに 憧れた少年が、 それをねたんだ雲の神に

  よって 太陽が 八日間 隠されたのを 嘆き、死んでしまった。

  アポロが これを 哀れんで キンセンカに 変えたという。

  花言葉は それに 因んで ” 悲嘆 ”

  確かに キンセンカの 頭状花は 小さな太陽を 連想させる。

  シェークスピアは  [冬物語] の中で 「お日さまと一緒に寝て

  お日さまと一緒に 涙して起きる 花」 と 露にぬれて 朝から

  太陽とともに 輝く キンセンカを たとえた。

  中世の ヨーロッパでは キンセンカは ハーブと 呼ばれる

  野菜であり、  薬でもあった。 」

   ( 以上  湯浅浩史氏の 「 花の 履歴書 」より 抜粋 )



  素敵な花物語を持つ ”金盞花 ” じっくり 愛でてみませんか。


                

  


  

2011年3月28日月曜日

花簪(はなかんざし)


  キク科   ハナカンザシ属    オーストラリア原産

  別名 ”ペーパー・ディジー””ヘリクリスム・スプリフォリウム”

  「 えっ、 花かんざし? 」 と 言いたくなる  紅紫色の

  小さな、 小さな、  愛らしい つぼみ。

  これが だんだん 膨らんで、 白いつぼみとなり、 やがて

  仄かな 紅色を  一部 まとっての  真っ白な  ふっくらと

  した  美しい つぼみとなる。

  そして  白いつぼみの 外側から  むけるように、 ひらり、 

  ひらりと  花びらが  一枚ずつ  広がっていく。

  花の 真ん中には  なにやら  黄色が 見え隠れしている。

  完全に 開ききるまでの  なんと  待ち遠しいことか。

  純白の 花びらは  まるで 紙のように  薄くて  軽い。

  触ると  カサコソ  音が する。

  和紙のように 水に濡れても 大丈夫! と いうのではなく

  表面が ツルツルの  光沢のある  洋紙、  そうだ、

  [ コ ー ト 紙 ] の イメージだ。

  花が 開くと、 中心には 黄金の冠を 戴いており、 甘い

  香りが 漂ってきた。 これで ” 花 簪 ” の 出来あがり。

  この花は  清楚で、  可憐で、  初々しい。 

  美しい乙女の  恥じらいのような 花。

  ” 冬の 妖精 ”  なんて  素敵な 呼び方も  あるとか。


  舞妓さんの  花かんざし、 三月は <菜の花> <水仙>

  こちらも  花に  負けず劣らず、  可愛いね。


(写真は 「想いのままに・・・(群馬発) 信徳より」 2011.01.21 )


              

        



2011年3月20日日曜日

菜の花


        菜の花畑に     入り日薄れ
        見わたす山の端   霞ふかし
        春風そよ吹く     空を見れば
        夕月かかりて    匂い淡し

  春の彼岸に  父は  37歳の若さで  逝ってしまった。
  病との 戦いを 終え、 静かな  穏やかな  旅立ちだった。
  野辺の送りの 情景は、この唱歌 「 朧月夜 」 そのままだった。
  その日から  ” 菜 の 花 ” は  ” 悲しみの 花 ” 


          「 風 景 」      (  銀色もざいく )

  ①  いちめんのなのはな     ②  いちめんのなのはな
      いちめんのなのはな         いちめんのなのはな
      いちめんのなのはな         いちめんのなのはな
      いちめんのなのはな         いちめんのなのはな
      いちめんのなのはな         いちめんのなのはな
      いちめんのなのはな         いちめんのなのはな
      いちめんのなのはな         いちめんのなのはな
      かすかなるむぎぶえ         ひばりのおしゃべり
      いちめんのなのはな         いちめんのなのはな

  山村暮鳥の この詩に 出会ったのは いつだっただろうか。
  朗読しているうちに 胸一杯に 黄色の菜の花が 押し寄せてきた。
  春の訪れの  喜びに 満ち溢れた 黄色の花の  洪水だ。
  それは 輝く 黄金色となり、  私を  満たした。

  今、  ” 菜 の 花 ” は  ” 喜びの 花 ” 

           ( 写真は  maechan  より )

  

2011年3月7日月曜日

ミモザ


マメ科 フサアカシア、ギンヨウアカシアの 俗称。オーストラリア原産

イギリスで、 南フランスから 輸入される フサアカシアの 切り花を

” mimosa ”  と  呼んだ ことからと される。

小さな 5mmほどの 黄色の 花が、 まるで 毛糸の ボンボンの

ように、 丸くなって 咲き、 芳香を 放つ。

フワフワした 黄金色の 花は 「 春の 訪れ 」 の 浮き浮きした

気分を  醸し出す。



ある年の 3月8日、 私は ミラノの街で  震えあがっていた。

早春と いうのに  底冷えが して、  ゾクゾクと  寒い。

それでも  厚着をして、  街の 探訪に  出かけていた。

その日  街の あちこちに、 ミモザの花の 屋台が  出没し、

黄色の 可愛い ブーケが ブリキの バケツに 入れられていた。

それを 客が  嬉々として  買い求めていく。

一体 何事? と 尋ねると 「 3月8日は イタリアでは 女性の日

”フェスタ・デラ・ドンナ ”と 呼ばれ、 男性が 日頃の感謝をこめて

妻や 恋人だけではなく、 職場の 女性たちにも ” ミモザ ”の花を

贈る 習慣があり、 子供も 大好きな ママに プレゼントする 」

との話だった。

贈られた 女性は 誇らしげに 胸や 髪に 飾って 闊歩している。

私も 負けじと  半強制的に  ミモザの ブーケを 手に入れ、

ドーモから モンテ・ナポレオーネの 繁華街を、 寒さもどこへやら

練り歩いた。 また その日一日は 女性は 地下鉄料金 無料で

あった。  忘れられぬ  楽しい  思い出だ。



フランス プロバンス地方では 2月 中旬、 春到来を 祝って

「 ボルム・レ・ ミモザ 」 と いう 伝統的な ミモザ祭りが

催される。  ミモザの 花や、 蜂蜜を 売る  屋台が 並ぶ中、 

ミモザの花で  飾られた 山車や、 子供たちの パレードが

行われ、  町は  ミモザ 一色と  なるそうだ。


” ミモザ ” は   ” 愛と 幸福を 呼ぶ花 ” で ある。


        ( 写真は 季節の花 300 より )



2011年2月28日月曜日

ムスカリ


                        ( 柿八年 さん より )

  ゆり科  ムスカリ属    原産地  地中海沿岸から 西南アジア

  ムスカリの名前は ギリシャ語の ジャコウ(Moschos)に 由来する。

  原種に ムスクの 香りを思わせる 芳香を持つ 種が ある。

  英名は ” グレープ・ヒヤシンス ”。  青紫色の 鈴蘭の ような

  花が ブドウのように 密集して、 花  開くことによる。


  早春、  すらりとした 美しい 緑の 葉の  間から、 ヒョッコリ、

  ツクシンボの ような  つぼみが  顔を出す。

  つぼみは  グングン 大きくなり、 やがて  下部の ほうから

  釣鐘形の  瑠璃色の 花を  咲かせる。

  青紫の  濃淡の、 バルーンのような  スカートの  裾は、

  白い 縁飾りが あり、  フリルの ように   翻っている。 

  スカートの中を のぞいてみると、 白い シベが ちらりと 見えた。

  私は、 花が 半分ほど 咲いた くらいの ツンツン坊主の 時が、

  一番  可愛くって、  大好き。 

  ムスカリが 群生している様は、 わんぱく坊主が 頭を寄せ合って

  ヒソヒソ 、ガヤガヤ、 なにやら  悪だくみを  しているようで、

  これまた  愛らしい。

  そういえば オランダの、 広い、広い  キューケンホフ公園で 

  色鮮やかな チューリップと  競うように、 色や 形の  異なる

  ムスカリ坊主たちが、 それぞれの仲間の 応援  受けながら、

  頭を 突き出して、 一生懸命   駆けっこ していたよ。

  風が さやさやと 吹きわたっていて 気持ち よかったなあ。

  

  

  

2011年2月22日火曜日

椿・カメリア


                          ( Maechan より  )

椿に 関して 二つの 心弾む 記事を 見つけたので ご紹介したい。


まず一つ目は 家庭画報 二月号より( 岸川慎一郎氏の記事を含む)

<日本の 藪椿を 母として 多彩な美と 華やかさを競う 椿

    ・ ・ ・ ・ 300年で 世界一周> の 見出しより 始まる。

  「 椿の仲間は 日本を 北限としており、 その椿が 初めて

   ヨーロッパに 渡ったのは  18世紀 初頭。

   西洋の人が 初めて 椿を 見た時の 驚きは 想像に 難くない。

   冬枯れの季節に 常緑の 艶やかな葉と バラのような 華麗な花。

   熱狂的な ブームを呼び、 長く 危険な 船旅、 つまりは 命を

   かけて 東洋まで  椿を ハンティング したという 逸話が ある。

   アメリカには 独立直後の 1797年に  赤の 一重の 藪椿

   が、 渡っている。

   英国から ヨーロッパ諸国へ 広まった椿は ”Camelia(カメリア)”

   と  名を変え、 社交界に 持て囃された ・ ・ ・」


はるか 昔の こととはいえ、 心踊る 話では ないだろうか。

「カメリア」は 17世紀の チェコスロバキアの 宣教師 Kamell牧師の

名に因む。 椿は カメル牧師が 18世紀に 東洋から ヨーロッパに

もたらしたことで、 広まったとされる。

19世紀 椿姫(アレクサンドル・デュマ)の小説では 主人公の好きな

花 として 登場、 後に ヴェルディが この 小説を オペラとした。


二つ目は  朝日新聞に掲載の 長崎五島市の 岩永氏の投稿文より。

  「 日本列島の 太平洋沿岸に ヤブツバキの 分布が 顕著なのは

   黒潮に 五島ヤブツバキが 運ばれたのではないか? と 考え、

   実験のため 16年前から タマノウラツバキの 種子と 手紙を

   瓶に入れ、五島沖から 流している。 今まで 奄美大島の 東と

   西で、 昨年は  甑島の 大内浦で 発見された。

   潮の流れは 黒潮のように 列島に沿って  遡上するものと

   ばかり 思っていた ・ ・ ・ 」


この ロマン溢れる 岩永氏の 想いが 素敵で、 応援したくなる。

   

    

2011年2月16日水曜日

水仙


                      (  写真は 「Maechan」  より  ) 

  ヒガンバナ科    スイセン属

  地中海沿岸より シルクロードを ギリシャ神話(美青年ナルキッソスに 

  由来するとされ、 自己愛 自己陶酔の ナルシシズムの 語源とも

  なっている) と ともに 旅してきた スイセンは、 日本へは 平安末期

  中国より、 修行僧が 持ち帰った 説と、 中国南部から 球根が

  暖流に乗り、 日本沿岸に 漂着した 説が ある。

  気品ある 佇まいの 美しい花で、 早春の 代表的な花の 一つだ。

  雪の中でも 咲くことから ” 雪中花 ” とも 呼ばれる スイセンは 

  漢名の ” 水仙 ” より  名付く。

  真っ白な 花びらに 黄色の 杯形の カップが  目立って 可愛い。

  イタリア語で ”小さいコーヒー茶碗 ” は この イメージだろう。

  中国では この様子を ” 金盞 ・ 銀台 ” と なぞらえる。

  


  日本では うぬぼれ屋とは 真逆の、 清楚で 控えめな 美しさの

  印象で  捉えられている。

  日本海の寒風に たじろぐことなく、しっかりと 根を張って 凛とした

  花を 咲かせる  強さを  持ち、 スラリと 伸びた 茎や 葉は 

  体のみならず、心まで 素直のようであり、 やや うつむいた 姿は

  思慮深さ、 謙虚さを  想わせ・ ・ ・ と、謎めいた 風情がある。

  その上、 どんな 調香師にも 真似 出来ない、 繊細で 上品な

  芳香を 放つ。



  水仙は  日本人の 美意識に 不思議に マッチする 花 であり、

              演歌が  似合う  花 なのだ。

 

2011年2月10日木曜日

大犬の陰嚢(おおいぬのふぐり)


一度 聞いたら、 忘れられない  ” 大犬の ふぐり ”

明治時代に ヨーロッパより 帰化した、 4枚の 大きな 花びらを

持つ、  コバルトブルー の  美しい 花。

エキゾチックで 可憐な 容姿に 人のみならず、 虫や 蝶も うっとり。

その上、 早起きで お日様の当たる時間は いつも 微笑んでいるし

自立しているので、 誰にも 愛嬌よく もてなし、 人気 急上昇。

「 瑠璃唐草 」 「 星の瞳 」 「 天人唐草 」 と チャーミングな 名で

呼ばれ、 本人も  ご満悦。

当然  日本古来の 青紫色の 美しい花々は 面白くない。

そこで 額を集めて 協議し、 一致団結。

「 天人唐草 」 を いじめの 対象とし、  鵜の目 鷹の目、 何か

ミスが あらばと  手ぐすね引いて  待ち構えていた。

やがて  花の季節が 終わると、 天人唐草には  毛深い 玉を

2個 つけた  実が、  ぶら下がっていた。

これを 見つけた  いじめっこ達は  大喜び。

早速  ” 大犬のふぐり  ” と  名付けて  はやしたてた。

この珍妙な 名は  あっという間に  全国へ  広まった。

天人唐草は たいそう 嘆き悲しんだが、これも 神の思し召しと 納得

< バーズ・アイ > と 呼ばれる 大きな瞳を 見開き、 空を 見上げ

来る日も 来る日も  一日限りの 花を 美しく 咲かせ続けた。


そして現在、 野の花は あまたあるが、その中で ”大犬のふぐり” は

その ユニークな名 ゆえに 一層  人々から 愛されることとなった。

あの  いじめっこ達は  「 今、 いずこ? 」


     ( 写真は 「 植物園に ようこそ 」 より )

2011年2月3日木曜日

藪椿(やぶつばき)


                             ( 植物園へ ようこそ より )

  「 戸 上 山 (とのうえさん)」 北九州市門司区の 標高 518mの 山。
  地元の 皆に 愛されている 山だ。
  冬の とある日、 青空に 誘われて 思い立ち、 戸上山 低山ハイク。
  自然林の なだらかな 山道を、 鳥の さえずりを 聞きながら  歩く。
  道は よく 整備されており、  林を 吹きわたる風も  今日は
  冷たさを 感じさせず、 心地よい。
  40分も 歩くと、 足立連山への 分岐点を 通り過ぎ、 すぐに 
  大台ヶ原に 着く。  この 広々とした 草原の、 なんと 素敵なことか。
  展望が 開け、 眼下に 関門海峡を 望み、  巌流島が 浮かぶ。
  遠く、 周坊灘、  響灘、 ・ ・ ・   見飽きることがない。
  急な岩場を 歩くこと、10分、  樹林帯に  たどりつく。
  さあ、 ここから お待ちかね、 ” 藪 椿 ” の アーチの お出迎えだ。 
  木漏れ日に 輝く  椿の 美しいこと。
  つやつやした  緑の葉、  真っ赤な 花びらに   黄色の 花芯。
  楚々として いながらも、  情熱的な  花。
  後、 ひと月もすると  花の盛りを 迎え、  この道は  椿の 絨毯が
  敷き詰められる。
  枯れ葉を サック、 サクッ  と 踏みしめ、 薄暗い 樹林帯を 20分
  ほど 歩くと、  ほどなく   頂上に  到着。
  頂上は  クマザサを 下葉に、  老杉などの  巨木に  おおわれ、
  戸上神社の 上宮が  鎮座していて、  厳かな 雰囲気だ。
  手前の 広場では、  弁当を 広げたり、  寝転んだり、  キラキラと
  輝く  海を  眺めたり、  皆が  思い 思いに  寛いでいる。
  四季折々、 いつ 登っても、  心  癒される  「 戸 上 山 」。
  この山は  私の  山。
  この山の 花は  ” 藪 椿 ”
  
  

2011年1月27日木曜日

スノードロップ


 ” スノードロップ ”   ヒガンバナ科  ガランサス属  南欧 原産

 早春、  しずくのような 形の  白いつぼみを  吊り下げて、 咲く。

 日中は  3枚の 白い 花弁が  開いて、 緑色の 斑の 入った 

 花弁が   顔を出し、  夜になると  花を  閉じる。

 英国では  「 二月の 美しい少女 」  とも 呼ばれているそうで、

 ” ドロップ ” は、 16~17世紀の ヨーロッパの 女性が つけた

 耳飾りのことで、 この花が 耳飾りに 似ていることに  由来する。

 別名   ” 雪 の 花 ”   ” 待 雪 草 ”  ” 雪 の 雫 ”



 画集で フェルメールの 「 真珠の 耳飾りの 少女 」 を  初めて

 見た時、  すぐに  ” スノードロップ ” を  思った。

 それからは  花を 見る度に、 少女を 想い、  いつか 本物の

 絵に  出会いたいと   願っていた。

 その願いが 叶ったのは、 2008年 4月、 オランダ ベルギーの

 旅  での こと。

 「 真珠の 耳飾りの 少女 」 は、 オランダ ハーグ の 優美な

 マウリッツハイス美術館に  飾られており、 気品あふれる オーラを

 放っていた。

 初々しい  恥じらいを 秘めた   大きな  瞳。

 あどけないが、  意志の強い  情熱的な  瞳。

 真珠の 耳飾りが   柔らかな 光に  反射して  輝いている。

 絵の前に 立つと、 静寂と  安らぎの 不思議な 感覚を 覚える。

 どのくらいの 時間、  うっとりと 見つめていたのだろうか。

 我に返ると、 他の見学者は 去り、 「美しい少女」 を  独り占め

 していた。 

 これぞ  まさに,   [ 至 福 の 時 ]

 

2011年1月22日土曜日

満作(まんさく)


      1月15日  歌会始の儀    皇后さまの  御歌

          おほかたの   枯れ葉は   枝に   残りつつ

               今日   まんさくの花   ひとつ咲く


  満作の 大きな 茶色の葉は  「 静 」 の 造形美。

  花は  「 動 」 の 魅力の  持ち主。

  茶色の がくの 中に、 4枚の 黄色の リボンが きちんと 折り畳まれ

  [ ウィッチ・ヘイゼル ] の  魔法の 杖のもと、 1枚づつ、 スル~リと

  飛び出して くる。  また  スル~リ、 また  スル~リと。

  最初は 素直な 細長リボンの花びらが、 そのうち カールを 効かせ

  クルクルと  よじれてきて、  踊り出す。

  笛、太鼓、鉦の にぎやかなお囃子に あわせて、 田の神への 祝い歌

  ” 今年も  豊年,  万作だ~  ” と、 はしゃいで  踊りに 興じる。

  黄金色に輝く  満作の花の、 華麗なる ダンスショーの  始まりだ。



      ” 満 作 ”    マンサク科   マンサク属 

      早春,  最初に 花をつける。

      「満作」 の 字を あてるが、 東北地方の ”まんず咲く” からと

      あるのが、 理にかなう。

      中部地方では  「ネソ」。  「 練り麻」の 意で、 粘りがあり

      強靭な 樹皮が  結束に 向く。

      五箇山や  白川郷の  合掌造りの  梁を  締める。

      囲炉裏の すすで  虫が つかず、 数十年間、  屋根を支える。

                              ( 花 おりおり  より )


  補足: ウィッチ・ヘーゼルは ディズニーの短編 「ドナルドの魔法使い」に

       登場する 魔女の 名。


          ( 写真は   maechan  より  )

            http://maechan.at.webry.info

            

     


  


 

 


  

   

2011年1月17日月曜日

冬青 (そよご)




   白い花は 清楚で 美しいし、 冬の 赤い実も 素敵!  などと


   褒められるけれど、 皆と 横並びじゃ、  つまらないわ。


   私のことを  知りたい!  逢いたい!  と 思わせるためには


   まずは  ネーミングが 大切。


   そこで 私は 名前を  ” 冬 青 ” と 書いて、 ” そよご ” と 


   読ませるように したの。


   風の便りにでも  ” そよご ” と いう  響きを  聴くと、 


   「 澄みきった 青空を バックに、 爽やかな 風に  長い髪を


   なびかせている  美しい乙女 」 を 想って、ゾクゾクするでしょう。


   実際は、 葉っぱが 風にそよいで 音を立てているので ふと


   思いついたのよ。


   次に 出会った時の 印象が、 ロマンチックで なければ、 駄目。


   赤い実を 輝かせながら、 ふっくらした 深緑の葉の ベッドに


   そっと  寄りかかっているの。


   王子様が  迎えに 来てくれるのを 待って いるかのように


   頼りなげに、 物憂い  表情で ・ ・ ・ 。


   そんな シーンを  演出 したのだけれど、 どうかしら?


   お気に召して  いただけたかしら? 






   私は  生まれながらの  詩人。


   ブランコのように、 ユラユラ 揺れながら、 いろいろ 夢 見るの。 




    ( 写真は  季節の花 300 より ) 


            http://www.hana300.com/index.html

2011年1月9日日曜日

不断桜

           ( 2010.12.27  柿八年 さん 提供)


年の瀬も 押し詰まった 26日、 陸上競技をする 高校生にとって


憧れの舞台の 京都都大路、” 全国高校駅伝 ” を、応援、 見物


にと、 妹と二人、 京都に  赴いた。


キーンと冷たい 澄んだ 空気の中、 だるまのように 着膨れして臨む。


鞍馬口で 女子駅伝を 応援後は、 国際会議場の 折り返し地点に


陣取り、 声を嗄らしての 応援。  拍手する手は  赤く染まる。


気合いの入った 応援で、 身体は  ポカポカ、 喉は  カラカラ。


お陰で(?) 女子は 北九州市立(福岡代表)が 5位 入賞。 万歳!


男子は 鹿児島実業優勝、熊本の九州学院が 3位と 九州勢、大健闘!


興奮 冷めやらぬまま、 三千院前の 宿へと 向かう。


この時期は 人も少なく、 静かで、 そこはかとない 風情のある 大原。


里では 満開の 「律」 と 「呂」 の 二本の 不断桜が、出迎えてくれた。


小さな 淡紅色の 花が、 優しく、 微笑んでいる。


ひと休憩後、 「 声 明 」の 来迎院へ  お参りし、  音無しの滝まで


呂川沿いに、 可愛い 椿を  眺めながら、  散策する。


宿に戻り、 冷え切った体を  温泉で  ほっこりと  温め、 美味しい


酒と  懐石料理を、 いただく。


昂ぶった気分で 駅伝談議に  花が 咲き、  夜が 更ける。


翌朝は  美しい 額縁庭園で 有名な 大好きな  宝泉院を 訪れる。


つくばいの水が 凍りつき、 つららが 垂れ下がった ところへ、


椿が 一輪、 なにげに 置かれた  光景に、 感動する。


勝林院の 「阿弥陀如来」の、 五色の網に 触れ、厳かな気持ちになる。


実行院で お抹茶を 戴きながら、 青空に 美しく 映える  不断桜を


愛でた 後は、 ビロードのような  杉苔の、 華やかな、 心浮き立つ


三千院に 参拝する。


そして 小春日和の中、  草生の里  寂光院へと、 ひっそりした、


のどかな 道を、 ぽくぽく  歩く。   久しぶりの 道だ。


再興なった寂光院本堂に ぬかずきながら、 往時を偲んで 感慨深い。


ゆっくり、 のんびり、  初冬の京都   味わい旅と  なった。




2011年1月4日火曜日

藪柑子(やぶこうじ)


あけまして おめでとうございます。

   正月の縁起物の ひとつに、 万両、 千両、 百両(カラタチバナ)

   十両(ヤブコウジ)、 一両(アリドオシ) が  ある。

   ” 藪 柑 子 ”  ヤブコウジ科 ヤブコウジ属   別名  十両

   背が 低く、 実の数も 少ないが、 あの愛らしい 宝石のような

   赤い実は、  実に 魅力的だ。

   小林一茶の 句、 「 めでたさも 中くらいなり おらが春 」

   では ないけれど  ささやかな 幸せに  満ちている。

   だが、 調べてみると  意外性に富み、 面白い。

   

   万葉集には ” 山 橘 ” として  五首  読まれている。

   江戸時代より 園芸植物として 大いに もて囃され、

   斑入り種や、 変わり葉が 大人気。

   お金を生む 木で  ” 金 生 樹 ”  と、 呼ばれていた。

   明治年間も 大流行があり、  投機の 対象として

   [ 一鉢 が 家一軒 ]   もの  値がついた こともある。

   また、 落語 「 寿限無 」 では 「 藪柑子という植物は 昔から

   百両金を 表す 印 として、 たいそう おめでたいとされている」

   「 やぶらこうじのぶらこうじ  パイポパイポ・・・ 」 と 登場する。

   冬でも枯れない 緑の葉と 美しい赤い実は、 古来より 重宝され

   正月 初卯(はつう)の日に、 ウツギの枝を ヒカゲノカズラで巻き

   ヤブコウジを挿す 行事は、上賀茂神社の 卯杖の神事に 残る。

    ( 参考: < ウィキペディア > < Yafoo! 百科事典> ) 


いかがですか。

   藪柑子の 美しい実に これだけの 過去が つまっているのですよ。

   嬉しく なりますね。

   今年も  面白い話など 沢山 見付けて、 皆で  楽しみましょう。

   ” 藪 柑 子”  の 花言葉 [ ふくよかな愛 ] [ 明日 幸福 ] を

   贈って、  新年の ご挨拶  と 致します。